序章

『人形が自己意志持ったら散々叩かれる羽目になった。』


ジャスパー採掘船本部内の狭い会議室。無味乾燥な白い壁の四畳半の部屋に、小さなテーブルを挟んで簡素な折り畳み椅子が二脚。一方の椅子には人工種管理の制服を来た男が座っていて、背後に同じ制服を着た2人の男が立っている。テーブルを挟んだ正面の椅子には総司が座り、その背後にはジェッソが立っている。


総司は非常にイライラした様子で「…俺はいつまでここに居るんでしょうか。もう出航予定時間は過ぎてんですが。」

総司の正面の管理は溜息をつき、テーブルを人差し指でコンコンと叩くと「しかし現に採掘量がね…、君の事が心配なんだよ、人工種には黒船船長の荷が重いのではないかと。」と言いつつ総司を指差す。

総司、内心(人工種、人工種ってウルセェな…)と思いつつも涼しい顔で「何度も言いましたが日々の採掘量に変動があるのは当たり前です。」

背後のジェッソも口を開く「もしやあれで足りないと言うのですか。」

すると管理はジェッソを指差し「君はよく頑張っていると思うよ、流石は黒船の採掘監督だ。ただねぇ…もうちょっと頑張って欲しいんだなぁ。無理はしなくていいんだが。」

ジェッソ、再び「あれで足りないと言うのですか?」と念を押すように繰り返す。

管理「備蓄用の分も考えるとねぇ…。」

総司「ならば他の船もイェソドに行かせたらいいのでは。」

途端に管理は溜息交じりに「やはり人間の船長と違って、話が通じにくいなぁ人工種は。こっちも疲れる。」

その背後に立つ管理の男も「人間の駿河が船長だった時の方が、まだマシではある。…あれはあれで自分勝手な奴ではあるが…とにかく無理なら言ってくれ。」

総司「何が無理なのでしょう?」

管理「我々は君の事が心配なんだよ。こんな船長で大丈夫なのかと。…他船の船長達も心配していた。何かが起こってからでは遅いんだ。…言ってる意味が分かるよね?」

総司(…そんなに俺を排除したいか…)と腸が煮えくり返りそうな怒りを隠し、平然と「そうですか。」と言って立ち上がると傍らに置いたスーツケースのハンドルに手を掛け管理達を見回し「時間が過ぎてるんで、行かせて頂きます。」と言い荷物を引きつつ戸口へと歩く。ジェッソも床に置いた大きなバッグを肩に掛けてそれに続く。

管理「我々にあまり心配を掛けないでくれ。」

その言葉を聞いた瞬間、総司の胸に罪悪感的な感情が突き刺さり、思わず足が止まる。

管理「人工種の船長など本来は許されていない、それを許可し、わざわざ人工種用の制服を作り、給料も…」

総司は管理の言葉を最後まで聞かず歩き出し、部屋から出る。ジェッソもそれに続く。


会議室を出た総司とジェッソは廊下を走って下へ降りる階段へ向かう。

ジェッソは走りつつ「荷物、俺が持つ」と総司のスーツケースに手を掛け持ち上げ左の小脇に抱えると「…大丈夫か?」

急ぎ、階段を降りながら総司は「…別に。いつもの事なので。」と言い、怒り口調で「管理のせいで、大遅刻だ!」

ジェッソ「頑張ろうな。」

総司「当たり前だ!」と叫び、拳を握り締め内心で叫ぶ。


『…管理にどれだけ責められようと、負けるものか!』



一方、総司達が去った直後、先程の会議室の隣の部屋から一人の男が静かに出て来る。メガネを掛け、赤い制服を着た背の高い男はスーツケースを引きつつ管理達が居る会議室に入る。

椅子に座って何やら思案していた管理は、男を見て「今、黒船の船長が出て行った所だよ。」

メガネの男はその場に立ったまま「はい。」

管理「…あれを何とかしなければ。ウチの所長も困ってるんだ、このままでは人工種達の規律が乱れると。」と言って溜息をつきつつ立ち上がり、メガネの男に正対すると、上目遣いに男を見て「南部船長。…君の船は大丈夫なんだろうね?」

南部は微笑み「勿論です。御安心下さい。」

管理「ブルーアゲートもシトリンも、フラフラして心許ない。君の船が頼りなんだ。」

南部「…光栄です。」

管理は悩み顔で「イェソドに行った連中は有翼種に騙されている。奴らは過去に人工種を利用して人間を攻めた、狡猾な連中だぞ。関わるべきでは無いのに…!」と溜息をつく。

その背後に立つ管理も吐き捨てるように「どこぞの駿河とか言うバカが…!」と言い「人工種連中に上手く言いくるめられて体よく黒船から追い出された事に気づかないとは!」

南部「まぁ彼はまだ若いし、どうやら素直な方のようですので」

その言葉を遮るように管理は「そもそもはアンバーが発端だ!」と言うと声を潜めて「…黒幕は剣菱だと思うんだな。」

南部「あの方はベテラン船長ですから。」

管理、南部を指差し「君もベテランだろう?」

南部、慌てて「いやいや私などは」

管理「…アンバーの連中が黒船の奴らに入れ知恵して駿河を追い払い、人工種を船長にしたのが真相だ。人工種が黒船船長なんて断じて有り得ないのに…。」と溜息をつく。

やおら南部の正面に立つ管理が「南部船長。」と言って南部の目をじっと見据えると「貴方が黒船の船長であれば」

南部、困ったように「私はレッドコーラルで精一杯ですよ。」

管理「今の所、貴方以外にロクな船長が居ない。…期待していますよ。」と言うと忌々し気に「全てはあの人工種船長を追い払ってからの話だが!…それと。」そこで暫し黙ってから「カルセドニー…。あの白い船も取り締まらねばならん。あちこち好き勝手に飛び回られては全体の規律が乱れる。」と言い不穏な表情で「…駿河にはお仕置きが必要だ。」


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