第3章 01

数日後。

イェソド山の麓、ケセドの街の石屋街にて。

様々な石が置かれた石材倉庫のような建物の一画にある事務所。受付脇に置かれた小さなテーブルを挟んで、丸椅子に腰かけた壮年の有翼種と駿河が向かい合って話をしている。

有翼種はテーブルの上に手のひらサイズの布袋を置いて駿河の方に差し出すと「はい今週分。」

駿河、「ありがとうございます!」と言ってそれを受け取り、中身を確認する。中には現金と明細が入っている。

有翼種「お茶でも飲むかい?」

駿河「いえ、今日は急いで銀行に行かないと。」と言いつつ袋から明細を取り出し、自分のポケットからスマホを取り出す。

有翼種、時計を見て「ああ、もうこんな時間だった。…給料計算頑張って。」

駿河「はい。」と言いながら明細を見つつスマホの電卓アプリで計算を始める。暫し計算しつつ明細に何かをメモしていたが、暫くすると「よし。」と呟いてスマホと明細を仕舞うと、有翼種に「いつもありがとうございます。また来週も宜しくお願いします!」と言い立ち上がる。

有翼種「こちらこそ。」

駿河「それではよい週末を!」と言い事務所を出ていく。

ニコニコしつつ手を振って見送る有翼種。


駿河が銀行に向かって街中を疾走していたその時、とあるスーパーマーケットでは護が買い物をしていた。

護は小さなメモ用紙を見つつカートの中に入れた商品を確認して(…買うもの全部入れたかな…よし。あとはアレだ!)とカートを押してお菓子売り場に来ると、棚を見てショックを受ける。(…妖精コロコロチョコが無い!)

諦めきれずに棚のあちこちを見るが、やっぱり無い。

護(…売り切れか…。あれ美味しいのに。じゃあ、おやつ何にしよう…。)と悩んで色々なチョコが入った袋を手に取ると(これにしてみるか…。)それをカートに入れる。


スーパーからやや離れた通りにある石茶カフェではカルロスが一人、至福の時間を過ごしていた。

街路に面した入り口近くのカウンター席で石茶の淹れ方の本を読みつつ、マグカップの石茶を味わう。時々本から顔を上げて、街路を行き交う有翼種の人々を眺める。するとその行き交う人々の中に、人間が現れた。…駿河は窓際の席のカルロスに全く気付かず窓の前を通り過ぎると店の入り口の方へ。店内に入り、やっとカルロスを見つけて「そこかい…」と呟くと、注文カウンターに向かい、店員に「ホットのカフェオレお願いします。」と言いつつ小銭を出してから慌てて「あっ、鉱石水じゃなく普通の水で淹れたやつ!」と付け加える。

店員「大丈夫ですよ人間さん。320ケテラです。」

駿河「一応、石茶カフェでは言う事にしてるので…。」

そんなやり取りを聞きつつ、カルロスは街路を眺めて石茶を味わっている。

カルロスの隣に駿河がやってきてテーブルにカフェオレのマグカップを置き、席に腰かける。

駿河「給料とか支払いとか振り込み完了。」

カルロス「…ジャスパーみたいにネットバンクがあれば楽なんだがな。」

駿河「あっても俺は多分無理。人間ですから。人工種はOKだろうけど。」

カルロス「ああそうか。銀行口座開設すら大変だったもんな。」

駿河「アッチとコッチで真逆ですよね。」と言ってカフェオレを飲むと「護さん、まだかな。」

カルロス「…そういえばそろそろ大死然採掘の選考エントリー期間だな。」

駿河「ああ。貴方は参加したいんですか?」

カルロス「あいつ次第だな。護が本気で参加したいと言うなら。」

駿河「俺は興味ありますけどね。大死然ってどんな所なのか見てみたい。」

カルロス「…。」暫し黙ると「…私がどんだけ本気で探知しても、護が本気で採らないなら意味がない。」

駿河「…確かに。」

カルロス「ところで、さっき探知したら鉱石採掘場に居た黒船がジャスパーに戻って行った。」

駿河「ありゃ。帰っちゃったのか。…なんか他船と会わないなぁ…。…ウチの船、いつも大体同じ時間に採掘してるから、違う時間帯に採掘したら、どっかの船と会えるかな。」

カルロス「かもなー。でも違う時間にすると、ターさんの家じゃなくジャスパーの自宅で寝る事になる。」

駿河「まぁねぇ。」

そのまま無言で2人でボケッと街路を眺めつつお茶タイムをしていると、窓の外の通行人の中に買い物袋を持った人工種が現れた。…護は二人に気づくと、店の窓に近寄り、店内の二人をじーっと見る。

カルロス「なんか来た。」

駿河「出ますか。鉱石採掘のお時間です。」



ケセドの街を飛び立ち、イェソド鉱石採掘場に向かって飛ぶカルセドニー。

船内では護が、買ってきた食材を冷蔵庫に詰めたり日用品のストックを棚に入れたりしている。

作業を終えるとブリッジの方に行き、ちょっと中を覗く。見ると操縦席の駿河の隣にカルロスが立っている。

護も何となくブリッジに入り、壁際に備え付けられた椅子を引き倒して座る。

特に何の会話も無く静かな時間。

カルロスが口を開いた。「…護。お前、大死然採掘はどうするんだ。」

護「え。」と言ってカルロスを見て「うーん…。」それから暫し黙ると「…カルさんは参加したいの?」

カルロス「先にお前の意志を聞きたい。」

護「俺は…。」と悩み顔で黙ると「多分、カルさんは行けると思うんだ。だからもしカルさんが参加したいなら、個人採掘師として行けば…」

カルロス「つまり私に一人で行けと?」

護「うん。絶対どっかの船に乗せてもらえる。」

カルロス「カルセドニーで、船の枠に参加する手もあるが。」

護「…ターさんがうちの船に入るならいいんだけど、もうカルナギさんの船に乗る事が決まってるしな…。」

カルロス「お前はどうするんだ。」

護「俺は…。」と言って黙ると「…ダメだ…。」

カルロス「なぜ」

護「だって、わかるだろ?…最近ケテル石採ってないし、そもそもまだ採り方も上手くないし。…マルクト石は適当に採っても売れるけど…。俺を入れて選考にエントリーすると、落ちちゃうよ…。」

カルロス「なら参加はやめよう。」

護「いやカルさんが参加したいなら、カルさんだけ」

カルロス「お前は大死然採掘に参加したくないのか?」

護「興味あるけど、…選考に残れる自信が…。来年頑張るよ、もっとベテランの採掘師になったら…。」と言うと「…なにせ俺は、長兄より力が無いし。」

すると駿河が「ブルーの満さんか。あの人、確かに力だけはありそうな。」

カルロス「色んな意味で力だけは、あるよな。」と言うと「…まぁ力はともかく」と言って暫し黙る。

それから、やおら口を開いて「…川に落ちてもう終わりだと思った奴が、今どうなってる?お前はアンバー時代、今の自分を想像できたか?」

護「いや…。」

カルロス「人生、何がどうなるやらだろ。私なんぞ死ぬ気で黒船を飛び出したら今、こんなだ。まぁでもあの時、途中で野垂れ死んでも悔いはないと思っていたが。…やりたい事をやらずに鬱屈するより、例え失敗してもやりたい事をやった方が悔いが無い。」と言い「私は、お前が本気で挑戦してみたいというなら全力で頑張るが、お前が挑戦したくないというなら何もしない。」

駿河「俺もカルさんと同意見です。」

護「でも…。」と言うと「…失敗したら、申し訳なくて…。」

カルロス「誰に?」

護「…だって、…二人共、元は黒船の人々で、凄いのに…」

カルロス呆れて「何がだ。」

護「俺、…自信が全く無いんだ…。」と俯く。

駿河、溜息ついて「俺なんか、元は黒船のヘッポコ船長ですよ。どんだけ先代のティム船長と管理に怒られた事か…。」

カルロス「ついでに総司君にも私にも怒られてたな!」

駿河「そんな事もありましたねぇ。」

カルロス「ネクタイ忘れ事件とか。…護、この黒船船長は朝、寝坊して」

駿河「すんませんネクタイすんの忘れて朝礼出ました! とにかく護さん、もっと気楽に考えて。もし選考で落選して大死然採掘に参加できなくても死ぬ訳じゃないし。」

カルロス「貯金が減る訳でもないし。」

駿河「貴方そればっかり!…結果なんかどうでもいいから試しにやってみませんか。」

カルロス「少なくとも新しい経験が出来るしな。という事で、どうしますか護さん。」

護「…二人が良いって言うなら…。」と言うと「じゃあ、カルセドニーで、エントリーします!」と微笑む。

そんな護にカルロス思わず苦笑して「この素直さだよ。」

駿河も笑って「それが護さんの良い所。」と言い「エントリー期間って来週から始まるんだっけ?」

カルロス「うん。」

駿河「期間になったら申請しないとな。」

カルロス「さて!そろそろ現場に着くぞ。護、仕事だ!」と言いブリッジを出ていく

護「ほいさ!」と言って椅子を仕舞ってカルロスの後に続く。


イェソド鉱石採掘場に降下するカルセドニー。

まだ船が降下途中にもかかわらず、貨物室の扉が開くと護がコンテナと採掘道具を抱えて飛び降りて来る。

鉱石層の崖に向かって勢いよく走るとコンテナを置いて崖の鉱石に白石斧を振り下ろす。

その背後でやっとカルセドニーが着陸すると、カルロスがコンテナを乗せた台車を押しつつ貨物室から降りて来る。少しして、駿河も手に軍手を嵌めつつシャベル片手に貨物室から降りて来る。

カルロス、駿河の方を見て「寝ててもいいぞ?」

駿河「今日ちょっと開始時間遅いし、微々たる手伝いをする。」

三人が採掘作業をしていると、駿河がふと何かに気づく。作業の手を止めて耳を澄まして「何か聞こえる」と呟く。

護も「この音は、もしかして!」と空を見上げる。

隣で作業していたカルロスが「どっかの採掘船の音だな。」

護、上空の彼方に茶色の船体を見つけて満面の笑顔になると「アンバー!」と叫ぶと「アンバーが来たよ!もう夕方なのに、こんな時間に来るなんて!」

アンバーは採掘場に近づき護たちの上空に来て停止する。船底の採掘口が開いて採掘メンバーが降下してくる。

穣「採掘船アンバー登場じゃああ!」と叫びつつ護たちの近くに着地すると手に持ったシャベルをカルロスの方に向けて「手伝いに来たぜ!」

カルロス「給料は出ないぞ。」

穣、シャベルを駿河の方に向けて「船長まで採掘に駆り出すとはどんだけ人手不足な!」

護「やりたいって言うんで。」

駿河「塵も積もれば山になるし」

すると穣の背後からマゼンタが出てきて「はいはいどいてどいてアンバーが全部作業してあげるから!」

穣「マゼンタがヤル気出した。」

護「なんかエラソウだぞ!」

マゼンタ「だってこの仕事して明日ジャスパーに戻ったら午後休みだもん!」

カルロス「なんだと!なんて怠慢な!」

マゼンタ「早く作業しよーよ!採掘監督バリア張って!」

穣「ちょい待て。…お前らこの後、ターさんの家だろ?」と護たちを見る。

護「うん。んで明日の朝にジャスパー。」

穣「今夜、ターさんの家でバーベキュー大会しない?」

護「へ!?」

カルロス「よしやろう!」

護「って船長…」と駿河を見る。

駿河「俺は大賛成ですけど。」

護「いいの?」

駿河「だってせっかくアンバーが予定を合わせて来てくれたんだし。…ですよね?」と穣を見る。

穣、笑って「まぁなー!たまには会いたいやん。実は黒船も誘ったけど断られちまった。」

駿河、目を見開いて「え。」と驚き「…そうなんですか。」

穣「なんか忙しいとかで。…とりあえず仕事サクッと終わらせるべ。俺がバリアするからオリオン君、爆裂させて!透は爆風流し」

透「おっけー」

穣が一同と崖の間に青く光るバリアを張ると、駿河が目を丸くして「おお!初めてバリア、間近で見た!すげー…。」

すると透が「雨の日とか便利ですよ。傘替わりで」

穣「よく誰かから電話が来る。雨なんだけどって」

透「街中でバリアして歩いてると凄い注目される。」

マゼンタ「結構、有名人だよね!」

穣「まー、人工種って宣伝してるようなもんだし」

駿河「…しかも穣さんだけですしね、バリア出来るの。」

そこへオリオンが「そろそろ発破していい?」

穣「おっけー、レッツ!」

オリオンが鉱石層にドンと発破をかけると同時に風使いの透が爆風を人の居ない方へ流す。

駿河、感動の面持ちで「初めて間近で発破見た!…やっぱ人工種ってカッコいい。」

穣「なんか褒められたぞ。…皆、先にカルセドニーのを終わらせよう。」

一同「はーい!」

崩れたイェソド鉱石を、皆でどんどんコンテナに入れていく。アッと言う間にカルセドニーのコンテナが満杯になる。続いてアンバーのコンテナに鉱石を詰め始める。

皆の機敏な作業をボケッと見ていた駿河は、何となくアンバーのコンテナの近くに来ると、周囲に散らばった鉱石をシャベルで搔き集めてコンテナに入れ始める。

すると突然、背後から「アンタ何やってんだ。」という声が。

駿河、バッと振り向いて満面の笑みで「剣菱船長!お久しぶりです!」

剣菱「通信に全然出ないから昼寝でもしてんのかと思ったら、まさか鉱石採掘とは。」

駿河「微妙な手伝いです。…カルさんより腕力が無いのが発覚したので少しは鍛えないと…。」

剣菱、呆れて笑って「どんな船長だ。」

駿河「いいんです、趣味です!」

剣菱、ニヤニヤしつつ「ところでアンタが一番会いたいのは、この人だろう?…機関長!」と言いつつ隣に立つ良太を自分の前に出す。

駿河、目をキラキラさせつつ「おお!」

剣菱「エンジンの点検費用、民間だとバカ高いからな。ここでサクッと整備点検してもらえ。」

良太「一等機関士だけが作成できる点検証を無料作成致しましょう。」

駿河「宜しくお願いします!では早速こちらへどうぞ良太さん。」とカルセドニーの方へ誘う。

剣菱「俺もちょっと覗きに行こうかな、カルセドニーの中。」

そこへ穣が「船長ー!そろそろ作業が終わります!」

剣菱「あら。んじゃ後で見に行こう。」


2隻は作業を終えて採掘場から飛び立ち、ターさんの家へ向かう。

飛行中のカルセドニーの機関室では良太がエンジンの点検作業を開始している。そこへ護がやって来て、良太の作業を見学する。

護「どんな感じ?」

良太「結構飛んでる割には随分キレイだ。大事に使ってる。」

護「船長、時間ある時によく機関室でなんかしてるよ。」

良太「手入れしてんだな。あの人やっぱり船が好きなんだねぇ。」

護「あ。でも一回だけエンストした事があったな。」

良太驚いて「えっ。マジで?飛んでる時に?」

護「いや。…これ秘密にしとけばよかったか。」と手で口を押えつつ呟く。

良太「エンストは重大だから教えてくれ。どんな状況だったんだ?」と護の方に身を乗り出す。

護「んー…。…俺達が採掘してる間に船長がブリッジで寝ててさ、起こしてすぐ飛ぼうとしたら操作ミスってエンスト起こした。」

良太、思わずガクッとすると「人為ミスか、びっくりした!」と言い苦笑しつつ「いや笑い事じゃないけど!」

護「船長、凄いショックだったらしく、『エンストするなんて馬鹿かぁぁ』って叫んで、カルさんに『アンタがすぐ飛べとか言うから』って八つ当たりして怒って。」

良太、爆笑しながら「…見たかった…!」と言うと「しかし、あの人がエンストを起こすとは!相当気になる。一体どんな操作したんだ…。」

護「さぁ?」と首を傾げて「とりあえず起きてすぐ発進はイカンねという事に。」

良太「なるほど…。」