第14章 02
夜8時すぎ。所変わって周防紫剣人工種製造所(SSF)。
門の前にクォーツが一人、立っている。周囲には人気が無く、通りを走る車も滅多に無い。
街灯の明かりに照らされた道の端に、グレーのコートを着て小さ目のビジネスバッグを持った、メガネを掛けた背の高い男の姿が現れる。クォーツはその男をじっと見る。
男はメガネに手を当て「…ここでいいのか。」と呟くと、小走りにクォーツの所へ駆け寄って「すまん、若干遅くなった。」
クォーツ「こちらです、船長。」と言って門を入って左手の駐車場の方へ歩いて行く。
南部はちょっと戸惑った顔でクォーツの後を追いつつ「SSFに入るのか…?」
クォーツ「いいえ。公園があるんです。」と言って駐車場の奥の公園のような広場に入る。そしてブランコの横のベンチに近づく。ベンチには既に先客が座っていた。
南部、その先客を見て「あっ。」と驚く。
春日「こんばんは、船長。」と言って立ち上がると、南部に「どうぞ座って下さい。」
南部「いや、立ったままでいいが、なぜ君が…。」
春日は再びベンチの端に座ると「なぜ彼にメールをしたんです?」とクォーツを指差す。
南部「…探知だからな…。こっそり密かに会って話が出来るかと…。」と言い「…管理に聞かれたりすると非常にまずい。」
クォーツ「ここは大丈夫ですよ。夜は人通りがまず無いし、管理も来ません。」
南部「…そうなのか…。」
クォーツ「正確には一人、SSFの中に居ますけどね、遺伝子管理官の月宮さんが。…とにかく人目に付かず安心して会話が出来る場所と言ったら俺、ここしか思い浮かばなくて。」
春日「ここは、彼が幼少期に遊んだ公園だそうです。」
クォーツ「人工種は、ある程度の年齢までは、人間の子供と一緒に遊べないので、ここで遊ぶんです。…この辺の木は怪力の子によく折られてたな、昔は。」と言ってブランコの後ろの木を指差す。
南部、ちょっと溜息をつくと「…私はレッドに戻った方がいいのだろうか…。」
春日「戻りたいんですか?」
南部「…皆にとっての最善は、何なのかと。」
春日「貴方は戻りたいんですか?」
南部「…戻らないと出航が出来ない筈だからな、本来は。だから戻ろうと思ったんだが…。」と言って暫し苦悩の表情で黙ると「また監禁されると困るので、出るなと…。」
クォーツ「管理に言われたんですか。」
南部「しかし、だ。私が監禁されれば、というか私が黙って何もせずレッドに居るだけで皆が自由なら、レッドに行くべきだと思ったんだ。…だが、どうしても…。」と言って俯くと、溜息をついて「恐くて行けないんだ…。」
春日、ふと「あぁ。もしかしてそれでクォーツに連絡を?」
南部「…まぁ、そうだな。管理に出会わないように密航させてもらえればと…。」
クォーツ「は?」と驚いて「み、密航って。」
南部「とりあえず船の中に入ってしまえば…。私は、本当に、皆の役に立ちたいんだ。監禁されても何でも構わない、好きなように使ってくれれば。」
クォーツ「…。」ちょっと唖然として南部を見て「…貴方は本当に管理を恐れてるんですね…。なぜなんですか?」
南部「…なぜ。…なぜなんだろうな…。」と言って暫し黙ると「…ただ、私はずっと、人工種管理が羨ましかった。」
クォーツ「えっ。」と驚く
春日も目を見開いて驚く「…。」
南部「私は昔、製造師になりたくて…まぁ、…素晴らしい人工種ってのを創りたかったんだ、自分の、理想の…。それで頑張ってベリアー中央大学の人工種学部に入ったんだけど、あまりに難しくて落ちこぼれて、講師の十六夜先生に失望されて…。」
春日「何か言われたんですか。」
南部「人工種を導けるだけの精神的成熟が必要だとか、…そもそも素質が無いとか…。」と言って溜息を付く。
春日「…。」首を傾げて、ちょっと呆れた顔をする。
南部「ならば管理になるかと思ったが、そんな自信も無くて、せめて人工種の事をよく知ろうと思って、そこから航空船舶大学を目指したんだ…。」
春日「えっ、そっちに入り直した?」と驚く。
南部「…大変だったよ…。お金もかかるし。」
春日「そんな時間と労力とお金使って…。」
南部「まぁでも採掘船に入って良かったよ。人工種は素直な子が多いし…と思っていたが、皆に我慢させてしまっていたとすれば…申し訳ない。私はずっと人工種を導こうと思ってたんだ。だって管理がそうだと思っていたしな、…私はずっと、十六夜先生のような立派な方になろうとしてたんだ。管理も立派な方々だと思ってたんだ…。だから羨ましかったんだ。」と言って溜息をつくと「それが、こんな事になって、ちょっと混乱してるんだ…。」
クォーツ「…船長は、SSFに来たら良かったと思う…周防先生には出会わなかったんですか?」
南部「ベリアーはALFがあるから、周防先生は来なかったな。」
クォーツ「ああ!そうか…。」
南部「SSFが出来る前は、周防先生も来ていたらしいよ。ただ私が入った時は居なかった。もしもマルクト大学だったら周防先生だったんだが。」
クォーツ「俺の製造師の紫剣先生なんて適当人間ですよ…。」
春日「あの曲者のオッサンなー。」
南部、ふと春日に「紫剣先生を知っているのか?」
春日「俺を採掘船にスカウトしたオッサンです。」
南部「えっ!」
春日「飲み屋で良く会うオッサンがいて、食い物の話で意気投合して仲良くなって、俺が操縦士って知ったら『採掘船入らない?』って。」
南部「そ…。そうだったのか。」と言うと「…本当に、それだけで入って来たのか?」
春日「はい。」
南部「なぜ三等に?」
春日「空いたからですよ、前に言いましたが人工種の船に乗れるなら何でも良かったんです。…まさか突然、船長させられるとは思ってなかったけど!」
南部「船長?…って君が?」
春日「だって船長免許ありますし!履歴に書いてる。」
南部「…今、副長が、船長の代わりでは?」
春日、自分を指差して「俺に船長しろって、管理が」
南部「しかしそれでは誰が三等を?」
春日「居ないから本当は出航出来ない筈なのに管理の船が一緒に出るから特別に許可するとか、航空船舶法を何だと思ってんだって話ですよ!」
南部「…そんな事になっていたとは。」
春日「で、アンタは一体、どうしたいんです?」
南部「えっ。」
春日「散々利用されて捨てられて、それでいいんすか。」
南部「…捨て…られて?」
春日は南部の目を見据えると「貴方が本当に人工種の役に立ちたいと思うなら、捨てられようが脅されようが貴方自身の本当の想いを貫けって話です。」
南部「…。」息を飲んで春日を見つめる。
翌日、午後1時過ぎ。
ケセドの源泉石選考採掘本部に総司とアメジストがいて、2人で各船の成績が表示されているモニターを見ている。
そこへ剣菱と穣が入って来る。
剣菱、総司を見て「ちゃんと居たな。」
総司「居ましたよ。」
剣菱はカウンターの上にカメラを置きつつ「D1のアンバーです。お願いします。」
受付の有翼種はカメラを受け取り「はい、チェックするのでお待ち下さい。」と言って作業を始める。
穣はモニターの所に来ると「これがランキングか。」と言ってモニターを見て「うぉ…。他船すげー…。」
総司「やっぱり有翼種の船は強いですよ。」
穣「格が違う。…このランキング、船でも見れたらなー。」
総司「有翼種側のネットが繋がればいいんですが。」
穣「それな。カルセドニーにネット繋ごうとしたら機材が高くてやめたって護が言ってた。」
そこへ剣菱が「今日、どっち勝った?」
穣、総司を指差す。
剣菱「ふーん。…これで引き分けか。」
穣「まぁ補給終わってからが本番かな!」
受付の有翼種が剣菱の方に「アンバーさーん」と声を掛ける。
剣菱「はい。」
有翼種、カメラと封筒を出して「こちら、お確かめ下さい。」
剣菱、それを受け取り「ありがとうございます。」と言い封筒の中の明細を取り出して確認を始める。
穣、モニターの成績を見つつ「…しかしこれ、どっちも相当頑張らないと大死然採掘行けねぇなぁ…。」
総司「そうですね。…まぁ、仮に行けなくてもアンバーには勝ちたいと思っていますが。」
穣「つーか正直、黒船に勝つ方が大事だったりするんだな。」
アメジスト「…カルセドニー、最下位になってる。」
穣「そりゃ、いくら高性能な人型探知機が居るったってなぁ。護はこっちでは新人みたいなもんだし。」
すると受付の有翼種が「でもカルセドニーは凄いと思いますよ。普通、新人は大型船に乗せてもらったり4、5人で集まって小型船乗ったりするんですけど、新人2人だけで初参加でそれだけ採れるのは、なかなか無いなと。」
総司「そうなんですか。」
穣「…カルロスの存在が大きいなー…。」
アメジスト「まずは探知ですもんね。」
有翼種「個人的に応援してます。」と笑う。
穣「ちなみに黒船とアンバーだと、どっち応援します?」
有翼種「え。」
穣「ぶっちゃけ黒か茶色か!お好みで!」
有翼種「えー…。」と言うと「じゃあ、茶色。」
穣「勝った!」と総司に向かってガッツポーズする。
剣菱、穣たちに「んじゃそろそろ行くかー。ジャスパーに補給戻りだ。」
ジャスパー側では。
またいつもの山で採掘作業をしているブルーメンバー。いつになく真剣な表情で仕事をしている。
礼一だけは何かが気になる様子でそわそわしている。溜息ついて「…来るのかな。」
進一は鉱石の塊を持ち上げて「来るよ。だって補給しないと。」
礼一「でもあの2隻、イェソドでも補給出来るとか言ってたような。」
進一「でも戻らんと管理が発狂するからって言ってたし。」と言いつつコンテナに鉱石を入れる。
礼一「発狂させてみようってなったら」
進一「…今まだ3時だし、来るならこれからでは…。」
礼一「でも今日は管理様が夕方5時には帰ってねと!…なんでだ…。そんなに仕事させたくねーのか、それとも何かに感づいたのか…。」
進一「…管理様が勝手に帰ればいいんだよなー…。」
礼一「とりあえず総司だ。総司総司ー!」
進一「落ち着け…。」
夕方5時過ぎ、採掘船本部。
駐機場には既にブルー、レッド、シトリンの3隻が停まっている。
ブルーの採掘準備室には私服に着替えた礼一が一人、ショルダーバッグを手に持ちつつタラップ近くをウロウロしている。
そこへ階段室から小さなスーツケースを小脇に抱えた武藤がやって来て「早く事務所に来いって催促されたわい。レッドもシトリンも、もう帰ったと。」
礼一「…やっぱり何か、気づいたのかな、管理。」
武藤「んー…ワカランが、通常なら出航して大体3日が限界だしな、補給に来るなら今日って思うだろ。だからこそ帰った方がいい。」
礼一「え。」
武藤「居残りすれば逆に疑われる。…問題は、明日だ。でも、やるしかない。」と言うとスーツケースを引っ張ってタラップに歩きつつ「別にどこからメールしたってええんだから、行くぞー。船、締める。」
礼一「うん…。」
武藤「事務所に管理様が居なかったら途中まで一緒に帰れる、休憩所で待っててくれ。」
暫し後。
礼一が休憩所のベンチに腰掛けて待っていると、武藤がやって来て「管理様、居なかった。ふー…。」と溜息をつくと「何ならこのままどっかで時間潰して、メシ食って帰る?」
礼一「はぁ、…船長がいいなら…。」
武藤「ええよ。んじゃ上着だけ着替えるわい。」と言って制服の上着を脱いで畳んでネクタイも外すと、スーツケースを開けて中に仕舞い、代わりに黒のカーディガンを取り出して羽織って「よし行こう。…メシには早いし、茶でも飲むかー。」
礼一「…武藤さんと2人でどっか行くの、物凄い久々ですね。」と言ってベンチから立ち上がる。
武藤「んだなー。」
その時、礼一が「あ。」と小さな声で驚くと、真剣な顔で小声で武藤に「来た!」
武藤「…まず本部から出よう。」
礼一「うん。」と言い武藤と共に急ぎ足で本部の建物を出て人気の無い場所へ行く。
武藤「ずっと探知してたら疲れるだろうに…。」
礼一「2隻一緒に、あと20分位で到着します。」と言うと「良かったぁ…。」と心から安堵した顔で溜息をつく。
武藤「やっぱ2隻一緒か。」
礼一、スマホを手にして「よしメール攻撃開始!」
武藤「攻撃て。」
礼一「送信完了!」
武藤「はっや!」
礼一「だって昨日も送ったもん。スマホには届かないけどサーバーに溜まってるから、今から一気にドドドと」
武藤「…傍迷惑な…。」
礼一「あとは総司がいつスマホを見るか!」
武藤「まぁ船長はこれから仕事色々あるから…、気が向けば夕飯の時にスマホ出すけど、そうでなかったら寝る時…。」と言って「とりあえずこっちは茶でも」
礼一「気づかなかったら総司にSOS波ブッ飛ばしてやる。」
武藤「え。」
礼一「黒船の船長が夕飯食べるの何時なのかな。」
武藤「そりゃー黒船さんのご都合で…。」と言うと「電話できたら楽なんだがなー。」
礼一「スマホとかの個人通話厳禁だもんなー。」と言うと「アッ!」と何かに気づいて「総司がずーっと黒船の食堂に居る時にSOS波飛ばせばいいんだ!」
武藤「…探知って奇策を考えるよな…。」
礼一「よっしゃあ!待ってろよラスボス総司、テメェにSOS波をカッ飛ばしてやる!」
武藤「…なんか情熱が、明後日の方向に向いてる気が…。」
夜8時近く。
駐機場に泊まっている黒船の食堂では、シトロネラとメリッサが向き合って席に着き、夕飯のカレーライスを食べている。そこへ総司が入って来る。お茶のカップを手に取ってポットから茶を注ぐと、トレーに乗せて配膳カウンターへ。
総司「俺が最後かな。」
ジュリア「そうね。」と言いつつカレーライスとサラダをトレーの上に乗せて「お疲れ様です。」
総司「ジュリアさんも、明日は早いから大変だ。」
ジュリア「慣れてるし、大丈夫」と微笑む。
総司は誰も居ない方のテーブルに一人、席に着くと夕飯を食べ始める。
そこへシトロネラが「ねぇ船長。」
総司「ん?」
シトロネラ「源泉石採掘が終わったら、また街に買い物とか行かない?」
総司「…んー…。」
メリッサ「だってせっかくイェソドのお金稼いでるんだし。」
総司「街に行きたいの?」
シトロネラ「服が買いたいの!」
メリッサ「前に行った時、いい服あったんだけど高くて買えなくて。せっかく稼いだならあれ買いたい。」
総司「なるほど…。まぁ、皆の意見を聞いてからだな。まずは選考結果がどうなるかだし」
メリッサ「大死然はともかく、沢山稼ぎたいから頑張る。」
総司「…服の為に?」
メリッサ「うん!」
そこへジュリアが「私、いつかカナンさんのお店に行きたいな。前は行かなかったけど、皆の話を聞いたら行きたくなっちゃった。」
シトロネラ「いつか行きましょ。私もまた行きたい。」
その時、上総が食堂に入って来ると、困惑の顔で「…船長…。」
総司「どうした?」
上総「…なんかずーっと黒船を探知してる人が居るんですけど。」
総司「えっ。」と驚くと「誰が探知してる?」
上総「礼一さんです。」
総司、目を丸くして「礼一…?」
上総「船長に凄い意識向けてる。」
総司、怪訝そうな顔で首を傾げて「俺に何か用なんだろうか…?」と言うと「これ食べ終わったらメールでもしてみ…。」と言い掛けたその時、突然、『総司!』というエネルギー的な声が一瞬聞こえてビクッとする。
上総「わっ!…SOS波が飛んで来た!」
総司「…俺、呼ばれたな、礼一に。」
上総「うん。」
総司「あいつ今、どこで何してる?」
上総「本部近くのファミレスの裏の通りで船長を探知してる。」
総司「なにかヤバイ状況とか?」
上総「全然そんな感じは無いよ。」
総司「んー…。」と言うと立ち上がって「とりあえずスマホ見てみよう。なんかメールでも来てるかもしれない…。」と言いつつ食堂から出て行く。
少ししてスマホ片手に食堂に戻って来た総司は、「礼一から同じメールが5通も来ていて、明日の朝、ブルーとレッドとシトリンも一緒に源泉石採掘に行くから黒船とアンバーは何が何でも絶対8時に出航してくれと。」
上総たち「!」
メリッサ「あらま。」
シトロネラ「本気になったのね。」
総司「3隻は8時じゃないと行けないんだってさ。しゃあない、7時予定を8時にしよう。アンバーにも言わないと…。」と言いつつ再び席に着いてカレーを食べ始める。
上総「つまりSOSは、メール見ろって事だったのね…。」と言うと「…明日は源泉石採掘の前に、管理さんとバトルかなぁ。」
総司、溜息ついて「もう俺、そんなとこに無駄なエネルギー使いたくないから、行くならとっとと行けって感じです。3隻に頑張ってほしいー!」
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