第23章 02
翌日、午前10時。
カルセドニーがジャスパー本部にやって来て、鉱石集積所の前に着陸すると、いつものように護が鉱石コンテナを降ろす作業を始める。テキパキと満載されたコンテナを全て降ろすと集積所の小部屋に入り、今度は畳まれた空のコンテナをカルセドニーの貨物室に積む作業をする。全ての作業を終えると、カルセドニーは貨物室の扉を閉じて再び上空へ上がり、採掘船本部の近くに建つ立体駐機場ビルに向かって飛んでいくと、その一画に入る。
暫くして駿河とカルロスそして護が駐機場ビルのエントランスから出て来る。
護「今日もあのファミレスでいいかなぁ」
駿河「うん。」と言って後ろのカルロスに「いいよね?」
するとカルロスが「いいけどちょっと待った。」と立ち止まる。
護「なに?」
カルロス「…まぁいいや歩こう。」と言って歩き始める。
護「なんだなんだ」と言いつつカルロスに続いて歩き始める。
駿河も歩きつつ「何か探知したのかな。」
護「とか思ってると『船の中に忘れ物した』とか言い出したり」
駿河「あぁ。たまにそういうフェイントかましますよね、この人。」
話をしながらテクテク歩いて大通りの交差点で信号待ちをしていると、駿河達の背後に誰かが走って来る足音がして、荒い息と共に「待って…」という声。
駿河、思わず「上総?」と驚いて振り向く。
上総「こんちは…。気づいてて行っちゃうんだもん…。青になった。」と信号を指差す。
一同は横断歩道を渡り始める。
カルロス「どっかで追いついて来るかなと。」
上総「どこ行くの?」
駿河「昼飯。ファミレスへ。」
上総「俺も一緒行っていい?」
駿河「いいけど、どうしたの。」
上総「…たまたま、探知したら居たから、挨拶しよっかなって。」
横断歩道を渡り終えた一同はファミレスへ向かう。
上総「あ、そう言えば、陸さんとシトリンの何人かが今日の夕方頃からSSF行くって。」
護「分室の建て方を聞きに行くのか。」
カルロス「面白そうだから野次馬に行きたいが、向こうに戻らんとなー。」
上総「昼ごはんの後に戻るの?」
カルロス「いや。昼飯食って各自、自宅に戻って18時にカルセドニー集合でターさんの家へ出発。」
護「たまには自宅に戻らんと。掃除とか色々用事が。」
ファミレスに到着した4人は店内に入り、空いていた4人席に着く。
カルロスと護が並んで座り、カルロスの向かいの席に上総、その隣に駿河が座る。
4人はそれぞれメニューを見て何を頼むか決めると、店員を呼んで注文を済ませる。
上総、感慨深げに「…船の外でこうして一緒に食事するの、初めてですね。」
カルロス怪訝そうに「え。…前に、ケセドの街で一緒に石茶屋行ったりしたが…。」
上総「あ。…でもほら、駿河船長も一緒にって初めてで。」と言い駿河を見て「カルロスさんと船長と一緒って、なんか懐かしいなーって。」と微笑む。
駿河「…どうしたんだ?なんか変だぞ…。」
カルロス「いつもの上総じゃないな。何かあったか?」
上総「何も無いよ。」
駿河「ちなみに、昨日5隻でジャスパーに戻って、何も無かった?」
上総「…ん…。」と言って口籠ると「何も無くはないけど、…何とかなったから、大丈夫。」
駿河「…そうか。」
上総「うん。…なんか…。」と言ってちょっと駿河を見ると、若干目を潤ませ、慌てて俯いて目をパチパチさせる。
駿河「…なんか…、あったな?」
上総、駿河に微笑んで「大丈夫!」と言うと「…俺、なんか凄く大きな事を学んだ。」
駿河「ほぉ?」
カルロス「もしかしてお前さっき、駿河に会いたくてカル船が来るの待ってたとか?」
上総、思わず慌てて「え、いやカルロスさんにも会いたかったし」
護「にも、って!」
カルロス「メインは駿河だったか。」
上総「い、いやいや。…でも…。」と言って駿河を見て「凄いなって…。」
駿河「…何が?」
上総「俺も、頑張る。」
駿河、苦笑して「一体何がどうしたんだ…。」と上総の肩を抱いて「まぁ何かあったようだけど、大丈夫みたいだから気にしないでおくよ。」
上総「うん。」
そこへ「お待たせしました。」という声と共に店員が料理を持って来る。
護「ゴハンが来たぞ。モリモリ食って元気を出すのだ。」
上総、微笑んで元気よく「うん!」
夕方5時半、周防紫剣人工種製造所。
SSFの建物内にあるカフェのような雰囲気の食堂に、バタバタと慌ただしく紫剣が駆け込んで来ると、何かを見てハッと立ち止まる。壁際の4人掛けテーブルの右端の席に周防が座っていて、それを取り囲む人工種の一団が。
シトリンの陸、要、綱紀、聖司、ジュニパー、コーラル、サード、パール、ついでに野次馬に来た上総も居る。
紫剣、人工種達を指差し「そこ!何をしている!」
パール「あ、紫剣さん家の久遠さんだ!」
紫剣「どういう呼び方だ!」
コーラル「やっほー久遠さん、こっちこっちー!」手招きする。
聖司も「紫剣先生、こっち来て。」と手招き。
紫剣「いきなり団体で押しかけて、周防先生を恐喝するとは!」
上総「脅してないし。」
ジュニパー「先生、相変わらずお元気ねぇ…。」
紫剣「要求は何だ、金か食い物か」
陸が紫剣の所に歩いて来ると「話があるからこっちに。」と紫剣の腕を掴んでテーブルの所に連れて行き、周防の隣の椅子に座らせる。周防はテーブルの上の紅茶が入ったマグカップを両手で持つと、一口飲む。
紫剣、それを見て「ちょい誰か、俺にコーヒーくれ。ブラックで」
要が「持って来るよ。」とドリンクコーナーへ行く。
周防は、はぁ…と溜息をつくと「人生は奇想天外だ…。」と言ってマグカップをテーブルに置く。
紫剣「何ですか今度は。また誰かがどっかにドンブラコしたとか?」
周防「…SSFの分室を建てたいんだそうだ。」
紫剣「誰が?どこに?」
周防、周囲の一同を指差して「この子達が。」
紫剣ちょっとキョトンとして「は?」と一同を見る。
陸「…本気です。イェソドに、SSFの分室を建てたいんです!5隻で資金を稼いで!」
紫剣「…な、なんで?」
すると周防が紫剣を見て熱っぽく「有翼種と結婚したいっていう人間が、出現したんですよ!」
紫剣「…どこに?」
周防「駿河さん。」
紫剣「…。」唖然として固まる。
そこへ要がコーヒーを淹れたマグカップを持って来て紫剣の前に置く。
紫剣「駿河ってあの、前に黒船船長だった奴か。妖精ブログの奴か!」
周防「うん。」
紫剣「向こう行って有翼種の彼女が出来てしまったか!」
周防「いやまだ彼女は出来てないけど将来的に有翼種と結婚して人工種の子供を作りたいと。」
紫剣、パンと手を叩いて喜々として「なんと素晴らしい!」と言うと周防に向かって「先生、生きてて良かったですね!」
周防「まさかこの歳になってこんな凄い事態が起こるとは。カナンのように120まで生きねば。その間に駿河さんの子供を作ってやらねば…!」
すかさず陸が「…で、それで、管理に邪魔されないようにイェソドに分室を作ってそこで人工種を」
紫剣「いやちょっと待った。それは違うんだな。」
陸「っていうと」
紫剣「この場合、管理は絶対必要なんだ。」
陸「えっ」と驚く。
紫剣「正確に言うと、遺伝子管理官が、絶対必要なんだよ。それが本来の霧島研の役目でもあるし。…だってな、人間も出生届して誰がどこで生まれたか管理するだろ。人工種も勝手に作ったらダメな訳だよ。誰のどういう遺伝子使ってどのように作ったか、記録が必要だ。だから仮にイェソドで人工種作るなら、管理も一緒に行って霧島研とイェソドを往復する事になる。」
周防「今はヘッポコ管理が多すぎるのが問題なんだ。…でもな、もう皆、ここまで来たから大丈夫だと思う。」
紫剣、笑って「まぁな。」
周防「昔は人工種が人形だったから、管理が付け上がって傲慢な奴が出てきてしまった。しかしもうそれに屈する人工種ではない。…だろ?」と陸を見る。
陸「…うん。」
綱紀「…二度と人形になんかならない。絶対に。」
コーラル「だよなー!だって俺ら有翼種に認められたし!」
綱紀は紫剣の方に近寄り「ちなみにさ、…俺、探知が楽しくなったんだ。」と微笑む。
紫剣「えっ。」と意外な顔をして綱紀を見る。
ジュニパーもニコニコして「綱紀ちゃんね、カルちゃんのお蔭でとってもマイルドになったの…。」
紫剣「カルちゃんって誰。」
周防「カルロス。」
紫剣「カルロスと綱紀が…?」と驚いた顔で言うと「何がどうなった?」
周防「カルロスも随分と変わったからなぁ…。」
紫剣「いや変わったのは認めるけど、…カルが綱紀に何を?」
綱紀「…まぁちょっと…。」と言うと「とりあえず探知って楽しいなって。」
紫剣「はぁ。…あのカルロスが変わったら、綱紀まで変わったのか…。」
上総も頷いて「凄い変わった。」
周防はマグカップを手に取り紅茶を一口飲むと、「…まぁ、人工種がしっかり堂々と立てば、霧島研も変わらざるを得なくなる。ヘッポコな管理は存在できなくなって、マトモな管理が増えるさ。」
すると上総が「俺、それ凄くわかる。総司船長が堂々としてたら、応援する人が増えて、管理は引き下がるしか無かった…。」
思わずジュニパーがしみじみと「あれは、…聞いてて心を打たれた…。」
陸も頷いて「昨日のあれは、凄かったな…。」
紫剣「なんかあったのか。」
陸「まぁうん、…ちょっとね。」と言って「…じゃあ分室は…、どうしよう。」
そこへ要が「単なる研究室でいいだろ。別に人工種作んなくても。だって先生欲しいって言ってるし。」
陸「ああそれそれ!…有翼種側で、人工種について研究したいって人がいるから人工種の事を教えてくれる先生が欲しいって。」
周防&紫剣「ほぅ!」
上総「あとダアトの御剣研も研究しないと。」
周防「すると、…まぁ、最初からデカイ事を考えても仕方ないんで、とりあえずターさんの家の近くに寝泊まりが出来る小さな小屋でも建ててくれれば。」と言って紅茶を飲み、マグカップを置く。
紫剣「むしろ先生が欲しいっていう方が重要で。有翼種側で人工種についてどういう研究してるのかも知りたいし。…あっ、何なら有翼種側の研究者と一緒に研究室建てたらいいんじゃないかと。そしたらお互いに必要なものを揃えられる。」
周防「なるほど!そうか、それこそがイェソド分室の意義だな!…今度は私が留守番しますから、貴方が先生しにイェソドに行って下さい。」と紫剣を指差す。
紫剣「おぉ!…んじゃスケジュール調整しないと!」
周防「しかし凄い事になったぞ。何だか知らんがやる事が沢山増えた。長生きはするもんだな。」
紫剣「人生は奇想天外だ!」
翌朝。
ジャスパーの採掘船本部の事務所で、本部の人間を交えて船長5人が話をしている。
剣菱、腕組みしながら「…まぁやっぱり2日よりは、3日だなぁ。じゃあ3日ごとに2隻と3隻が交代って事で。」
南部「そうしましょう。」
本部の人間はメモ用紙にメモを取りつつ「3日、3日、1日休みで1週間という事ですか。」
南部「うん、当面それでやってみる。その3日間でどれだけ採るかは各船個別の判断で。」
武藤「とか言ってて、どうせレッドの監督が一緒に行くべって言い出す。」
楓「そしてウチの船が道連れになるのね…。」
剣菱、武藤を指差して「そこの3隻、ホント仲良しだよな。」
武藤「いや黒と茶色もベッタリですやん…。」
剣菱「そういやウチの穣がいつか5隻一緒に採掘したいと言ってた。」
武藤「なにゆえ…。採掘場大混雑では」と言い「あ、ところで今日から3日間は黒茶がケテルで3隻がイェソド鉱石でええんかいな?」
南部「うん。次の3日間は黒茶がイェソド鉱石で、3隻がEL鉱石。そして次の日が5隻とも休み。」
武藤「了解です。」
総司「わかりました。…あとは管理さんの邪魔が入らない事を祈ります。」
すると本部の人間が「それは大丈夫だ。」
総司、疑わし気な目で本部の人間を見ると「そうでしょうか。」
本部の人間「…流石にあれだけの事をされますとね…。」と言うと「皆さんに辞められたら非常に困ります。管理の方々に対しては、こちらにも考えが。」
総司「…そうですか。」
そこへ剣菱が「心配すんな。なんかあったら守ってやる。」
南部「うん。」
総司「じゃあ…ついでにひとつ、ワガママ言っても良いでしょうか。」
武藤「どしたん?」
総司「今週ちょっと、やりたい事があるんです。」
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