第2章 02

夜。採掘船本部に黒船が戻って来る。

駐機場に着陸した黒船は船底のタラップを降ろし、鉱石コンテナ搬出作業を始める。本部のコンテナ輸送用の大型台車がタラップの下に来ると、黒船のメンバー達がそれを誘導しタラップから船内に引き入れ貨物室の前に停めさせるとコンテナをそれに手際良く積み替えていく。


ブリッジの船長席では総司が誰かと電話をしている。受話器を片手に驚いた顔で「…今からですか?」と言うと、相当辟易して「…これからまた出るんですが…。えっ。」それから慌てて「いや、わざわざ来られても!分かりました行きますから!」と言い受話器を置く。

操縦席の静流が心配げに総司を見て「どうかしましたか…?」

総司、疲れた顔で「ちょっと事務所に行って来る。」

静流驚いて「ええ!? 今から?」

総司「行かないと管理が船に来る。…次の出航までの色々は副長に頼んでいくよ。」

静流「いつ、戻って…。」

総司「知らん。」


コンテナ搬出作業は終盤に差し掛かり、ジェッソは貨物室内の全てのコンテナを大型台車に積み終えたのを確認して「よし、台車を出すぞ!」と叫んでタラップ側に振り向いた途端、そこに総司が居る事に気づいて思わず「船長?」と声を上げる。その声に周囲のメンバー達も総司の方を見る。

ジェッソ、総司に「どうかしましたか?」

総司「…管理が今、事務所に来いと。」

ジェッソ「え。」と目を丸くする。

総司「来ないと管理がこっちに来るというので。行ってきます。」と言ってタラップを降り始める。

ジェッソ焦って「…て、あの、何時に戻るんです?」

総司は振り向かずに「管理次第です。」

ジェッソ「そんな。」と言い慌てて「自分も一緒に」と総司の後を追いかけるが

総司「一人で行きます!」

ジェッソ「…。」思わず立ち止まる。総司はそのままタラップを降りて行く。

戸惑いの表情で総司を見送る黒船のメンバー達。

レンブラント「…一人で行かせていいのか?」

ジェッソ「…本人が、言うなら…。」



黒船の船体から離れ、駐機場内を歩く総司はエレベーターへ向かおうとして一瞬立ち止まり、向きを変えて階段側へと向かう。重い足取りで一段一段、階段を降りて、事務所へ続く本部の廊下を歩く。

事務所が近づくにつれて、不安が高まる。

一旦立ち止まって駿河の事を思い浮かべ、(…あの人が、信じてくれた…。)


 『総司。…頑張れ!』


ふぅ…、と静かに長い溜息をつくと、意を決したように手を握り締め、入口に近づく。と、その時。事務所の中から2人の管理の男が出て来ると、総司に対して微笑みかける。

管理「心配しましたよ総司船長。どこか体調でも悪いのではないかと。」

総司「…えっ。」予想外の言葉に意表を突かれて思わずその場に立ち止まる。

管理は総司に近づき「あんまり無理しちゃ駄目ですよ。今日はもう出航しなくてもいいのでは?」

総司「…いえ。予定がありますし、もう給排水も終えて」

管理「明日でもいいんですよ。」

総司は若干混乱した頭で(…こいつら以前、採掘量が足りねぇとか言ってたよな…?)

そんな総司の思いをよそに、管理は笑顔のまま「我々は人工種を大切にするのが役目なのでね。貴方が無理をして病気になりメンテナンスを受ける事になったら我々が、貴方の製造師に怒られてしまうんです。」

総司「…うちの製造師はそんな事では怒らない人ですが。」

するとそれまで黙っていたもう一人の管理が「まぁ貴方の製造師の江藤先生も、ちょっと困った方ですからねぇ。…今は遺伝子管理官ですが。」と言い隣の管理の男に「黙って大人しく製造師を続けていればいいものを。」

片方の管理も頷いて「遺伝子管理の癖に、我々保護管理に余計な事を言う。」と言って総司を見ると「一口に人工種管理と言っても色々ありましてね。保護管理も結構大変なんですよ。」

総司「…はぁ。」と言いつつ(…保護管理ばっかり増えて遺伝子管理が人手不足になったから、うちの製造師は製造師やめて遺伝子管理になったんだが…。)

管理はゴホンと咳払いをすると「さて。ともかく立ち話もアレだ、中に入って話を」

総司「いや俺はもう行かねば。」

管理「今日はもう出航しなくても」

総司「採掘量が足りないのでは?…先日はそう言って」

管理「だがそれで無理されても困る!こんな遅くに出航されても」

総司「夜に出て、現場で泊まって朝から採掘は、いつもの事ですが…。以前、イェソドに行ってなかった頃は、三日は船に乗ってましたよ? 今は二日にしたのでむしろ楽に」

管理は総司をバッと指差し「君が心配なんだ。」

総司「と言うと」

管理「人工種の船長なんて前代未聞だからな。重責に耐えられるのかと。」

総司、唖然として(…あくまでもそこに拘るのか…。)

更にもう一人の管理が「…以前、カルロスが突然黒船から失踪しただろう。あんな事が再び起こらないように」

総司「それはあり得ません。」

管理「なぜそう断言できるんだ。」

総司「もしそんな事が起こったなら、その時は俺をクビにして下さい。」

管理は呆れたように「君ね…。」と言うと「何かが起こってからでは遅いんだよ。あまり我々を心配させないでくれ。」

総司「…と言われても…。」と言って、言葉に悩む。(…一体何をどう言えば…。)

管理「ともかく中へ。こちらへ!」と総司を事務所の中へと促す。

総司「あのー…。」と力なく言葉を発すると「せめて時間指定を…。何時まで話をするつもりでしょうか。」

管理「君が納得するまでだ。素直になってくれれば我々も助かる。」

総司(…時間を指定しろと言ったんだが…。)



駐機場の黒船の採掘準備室では、メンバー一同が集って頭を悩ませている。

ジェッソ、大きな溜息ついて「やはり一緒に事務所に行くべきだったか…。」

シトロネラ「んでも本人が一人で行くって言ったんでしょ?」

ジェッソ「それはそうだが…」と言い時計を見て「あれからもう45分経つ…。」

レンブラント「管理は何がどうでも人工種を人間の下にしておきたいらしいな。人間の船長で採掘量トップなのは構わないが、人工種の船長でトップなのは絶対許さんって事なんだろ。」

ジェッソは腕組みして「うーん…」と悩むと「まぁそうなんだが何かこう…、管理の話を聞いてると、こっちが罪悪感を感じてしまって。」

レンブラント「あいつらが、自分らは絶対に正しいって思ってるからだろ?」

ジェッソ「…なんか、こっちが悪いような気がしてきて…。」

レンブラント、ジェッソを見ると「…アンタまで洗脳されるんじゃねぇぞ…。」

静流、溜息交じりに「ともかく最近の船長を見てると何だかホントに辛くって…。」

ネイビーも暗い顔で「…うん。」

ジェッソ「あと5分待って船長が動かなかったら」と言った瞬間。

上総が「動いた!」と叫び「事務所を出た!走ってる!」

ジェッソ「一人か?誰か付いて来るか?」

上総「一人だよ。」と言い安堵したように「とりあえず良かった…。」

静流「…良かったかどうかは…。」

ネイビー「船長が来てみないと…。」

一同、重苦しい空気の中、黙って総司の到着を待つ。

少しすると足音が聞こえて総司が全力でタラップを駆け上がって来る。

姿を現した総司は荒い息をしつつ睨むようにネイビーを見ると「出航準備出来てるか、副長。」

その気迫にネイビー思わず「はっ、はい。」と言ってから「いつでも出られますけど…。」

総司「じゃあもうとっとと出ます!」と怒鳴って階段室の方へ歩き始める。

ネイビー慌てて「あの、何が」

静流も「何があったんですか!」

総司は振り向きもせず「下らねぇ愚痴を言われただけです!」と怒鳴りながら階段室の中へ走り去る。

ネイビー達は慌てて総司を追う。

その様子を見つつ、レンブラントがボソッと「…あいつ大丈夫か…?」

ジェッソ「…。」不安げな表情のまま黙る。


階段を駆け上がった総司は通路を走り、ブリッジ前の船長室の中に入りドアを閉めると「はぁ…っ」と大きな溜息をついて「くっ…そ…。」と拳を握り締めると「人工種だからってナメやがって…」と呟きつつベッドサイドの小さなクローゼットの前に行き、中からハンガーに掛けた船長制服を取り出すと「駿河船長から貰った制服…、…人間用の、黒船船長の制服…。」と呟き、皮肉な笑みを浮かべて「久々にこれを着てやるか…。管理の奴らが最も嫌がる、人間と同じ制服を着た人工種の船長になっ…て…!」

そこでふと、真顔になると(…でも、これはあの人の制服…。これを着ると、いつまであの人に頼っているのかと…。)

ちょっとションボリして項垂れて溜息をつき、(…俺は、俺の為に作られた、人工種用の船長制服を着ないとな…。)と自分が着ている制服の胸に左手を当てる。

それから人間用の制服を丁寧にクローゼットの中に仕舞いつつ、(…人間の力を借りずに、人工種の黒船船長として、立ちたい…。)

右手をグッと握り、拳を胸に当てると「…負けるものか…!」と気迫を込めて呟き、バッと踵を返して船長室から出ていく。