第2章 03

翌朝。死然雲海を飛んでいるカルセドニー。

ブリッジではカルロスが眠たげな顔で左側の壁にもたれ掛かって気だるげに立ったまま「6時出航とは…。ちと早すぎませんかね…。」と言って欠伸をする。

駿河「だって貴方がどうしても採りたい石茶石があると。」

カルロス「たまには石茶石採りたい。護に散々ゴネて、やっと許可が出たと思ったら6時に出ると…。あの採掘監督、スパルタでは…」

駿河「そーいえば昔、ティム船長の黒船時代に5時出航とかありましたねぇ。」

カルロス「あったなー。駿河が船長になってから7時前の出航は少なくなった。」

駿河「だって俺がキツイんで。」

カルロス「しかしウチの採掘監督、頑張り過ぎでは。たまには石茶石採ったりノンビリ温泉行ったりしても」

するとブリッジの入り口から「早く家を建てるんじゃー!」という声と共にモップを持った護が入って来て「カルさん朝の清掃!」とカルロスの方にモップの柄を突き出す。

カルロス「毎日毎日イェソド鉱石とマルクト石ばっかり採っててよく飽きないな…。」

護「だって楽しいもん。カルさん飽きたの?」

カルロス「私は石茶石の採掘も出来たら楽しいんだが」

護「だってカルさん、売れる石茶石、探知出来る?」

カルロス「私は今の所は美味い石茶石をだな」

護「それに石茶石だけ採るより、イェソド鉱石とマルクト石と石茶石を採った方が稼げるし!」

カルロス「…で、出航が6時になる訳ですね…。」と言って欠伸をして右手で眠たげな目をこする。

駿河「俺はまぁ、6時なら許容範囲なのでいいですけど。5時はキツイ。」

カルロス、駿河に「操縦してばっかで飽きないか?」

駿河「俺は航空船と人工種が大好き人間なので全く飽きませんが。」

カルロス「珍妙な人間だ。」

駿河「いつかイェソドで有翼種の航空船の免許を取って…」と言った所でふとレーダーを見て「お!黒船が居る。」

護「どこに?」

駿河「レーダーにギリギリ映る範囲に。」

カルロス「遺跡の中に停泊してる。夜にこっち来て、遺跡で泊まってこれから採掘に行くパターンだな。」と言い、欠伸しつつ「今の時間、まだ殆どの奴は寝てるぞ…起きてるのは調理とか、担当の奴だけ。」

駿河「ともかく俺は、いつか有翼種の世界を飛び回りたい。」

護「何はともあれ朝の清掃ですカルロスさん。」モップの柄でカルロスの肩を叩く。

カルロス、渋々とモップを受け取り「はぁ。」

駿河、何となく(…総司、元気かな。)と思ってから慌てて「あっ。カルさん、インカム着けて航路ナビもして下さいね。今朝は妖精が捕まらなかったので。」

カルロス、耳にインカムを着けながら「人使いの荒い船だ…。」



所変わってジャスパー採掘船本部。

朝7時半。本部内の狭い一室で、南部が管理の男と話をしている。

管理「最近のブルーは本当にダメだな。昨日のブルーの成果を知ってるか?」

南部「…あまり採れなかったようで。」

管理「昔は少しは使える船だったが、今はもう…。」と言って溜息をつくと「ブルーもシトリンも、船長が代替わりしてダメになったなぁ。」

南部「彼らはまだ若いですし、初めて船長になって、まだ1年か2年位ですし。」

管理「分かってると思うが、3隻の中で、頼れるのは貴方しかいないんだ。」と南部を見る。

南部「はい。」

管理「黒船の人工種船長は本当に強情でな…。困っている。何かいい案はないかなぁ。」

南部「…まぁ、アンバーやカルセドニーといった、後ろ盾があるから彼も強気でいられるので。後ろ盾から攻略するという手も。」

管理「…剣菱が有翼種を利用しているのかもな。」

南部、驚いて「えっ。」

管理「正直アンバーは手強い。…黒船を3隻の方に引き戻す事が出来ればアンバーを牽制できるのだが。」

南部「…確かに。」

管理「だがブルーの船長は使い物にならんし、シトリンの船長は女で頼りない。…もし、貴方が他の2隻を導き、リーダーとなって3隻で黒船を説得するなら」

南部、驚いて思わず「そんな」

管理「貴方には出来る筈だ。」

南部、暫し黙って管理を見てから「…流石にそれは…。私はレッドだけで精一杯なのですが…。」

管理「まぁ我々管理ですら、手こずる連中だ、難しいだろう。だがそういう手もある。…考えておいてくれ。」

南部、少し黙ってから「…皆様のお役に立てるならば…。」と言うと、「…承知しました。」



暫く後。

荷物の入った大き目のトートバックを右肩に掛けた輪太が、トボトボと疲れた様子で本部内の通路を歩いている。駐機場へのエレベーターに乗ると、俯いて溜息を付いて(嫌だなぁ仕事…、行きたくない…。…でも他に行けるとこ無いし、採掘船は人工種が選べる職の中で一番いい仕事って言われてるし…。)

その時、エレベーターが止まって扉が開く。ふと顔を上げた輪太、思わず「船長!」

スーツケースを引いた南部がエレベーターに乗り込んで来ると「おはよう。」

輪太は背筋をピンと伸ばして「おはようございますっ!…あの、早いですね、船長!」

南部「いつもは、もう少し早いぞ。」

輪太「え。」と驚く。

南部「輪太君より早く来ている。」

輪太「そっ、そうだったんですか?!」

そこでエレベーターが目的の階に着いてドアが開く。南部はエレベーターを降りつつ「うん」と言うと輪太と共に駐機場を歩きつつ「まぁでも一番早いのは副長だな。船長より早く船に乗る事になってるから。」

輪太「はい!」と返事しつつ(船長と一緒なんて初めてで緊張する!何か話さないと、何か!)と必死に焦った頭で「…船長と一緒なんて初めてですね!」

南部はちょっとビックリしたように輪太を見て「…そうかな。」と言うと「輪太君がレッドに来てそろそろ1年か。」

輪太「はい!」

南部「良く頑張っているなぁ。仕事、大変じゃないか?」

輪太、ニコニコして「大丈夫です、妖精さんを励みに頑張っています!」

その言葉に、南部は立ち止まって輪太を見ると「…妖精さん?」

輪太、ハッと我に返って(しまった!)と思いつつ「あ、ええと…、妖精っていう、ブログの、写真が。」

南部「…もしかしてそれはイェソドの妖精の事かな。」

輪太、ビックリして「えっ。…し、知ってるんですか?」

南部「カルセドニーのブログだろう。あれを見るのはあまり推奨しないなぁ。」

輪太「…どうしてですか?」

南部「まさか君はイェソドに行きたいなどと思ってはいないよね?」

輪太「…」言葉に詰まって、若干黙ってから悩んで絞り出すように「…少し…思いました。」

南部「なぜ?」

輪太「妖精が可愛いからです…。」

南部「あんな写真に騙されちゃいけない。有翼種は昔、人間と争った存在だ。関わり方を間違えたら大変な事になる。」

輪太「…そうなんでしょうか…。」

南部「そもそも有翼種と関わる事を管理が許可していない。…わかるね?」

輪太「…はい…。」

南部「人間は人工種を守らねばならないし、船長はレッドの皆を守らねばならない。私は輪太君を守りたい。」

輪太、バッと南部を見て「船長…。」と言うと「はい、僕、船長の為に頑張ります!」

南部、「ありがとう」と微笑むと「じゃあ行こうか。」とレッドの船体下のタラップへと歩き出す。

輪太、嬉しそうに「はい!」と言って南部に付いて行く。



8時半、レッドの採掘準備室では朝礼が行われている。

採掘メンバーを前列、操縦士等の運行クルーを後列に、前後二列にキチンと並んだ一同の前に、南部が立つ。

南部「皆さん、お早うございます。最近はブルーが不調で昨日も殆ど採れていません。お蔭で全体の総量が若干足りず、レッドにはブルーの分まで採って欲しいと本部から要望されましたので、宜しくお願いします。」

一同「はい。」

後列の中ほどで眠い目をしながらボケッと立っている春日は、内心密かに(…何でブルーの分まで…。)

するとその心中を見透かしたかのように南部が「まぁなぜウチの船が他船の分まで…と思わなくもないですが本部の要望なので仕方がありません。」

春日(…鋭い…。)

南部は「…という訳で、採掘監督。」と言って採掘メンバーの先頭に立っている大柄な男に近づくと「今日のご機嫌は如何かな?」

監督は黙って南部を睨みつける。

南部「なぁサイタン君。君は採掘監督なんだから、もっと素直にならないと。…せっかく管理が君の能力を認めて採掘監督にしてくれたのに。」

サイタンはイラついた顔で小さく「…ウゼェな。」と呟きつつ南部から目を逸らす。

南部は、そんなサイタンを見て「ウィンザー君、採掘監督のサポートを頼む。」と言いサイタンの隣に立つ男を見る。

ウィンザーは強張った笑顔で「はい。」と言いつつ、心の中で(…また俺…。胃が痛いよ…。)

南部「あと、いつも言いますが体調管理は全ての基本です。自己管理ができてこそプロの仕事人。しかし時に人は不調を起こす事もあります。そんな時は早急に申し出て下さい。人工種であっても我慢してはいけませんよ。我々人間は、人工種を大切に思ってますからね。それでは皆さん、今日も宜しく。出航します。」

一同「宜しくお願いします。」

南部と運航クルー達は階段室の中へ歩き去る。採掘メンバーは採掘準備室内で、各自それぞれ自分の作業の準備を始める。ただ一人、サイタンだけは折り畳み椅子を壁際に引き摺って行き、ドカッと椅子に座って「ウィンザー!」

ウィンザーは自分の作業をしながら「はい?」と一瞬サイタンの方に振り向く。

サイタン「仕切れ。」

ウィンザー「はぁ。」と言いつつ(…うるさいな分かってるよ、どうせいつも俺…。たまには他の奴に振ってくれよ…。)そこでちょっと溜息ついて(何で俺、サイタンに目を付けられたかなぁ…。まぁ昔から頼まれたら断れない性格だしな…。)とションボリ。


駐機場から飛び立つレッドコーラル。

ブリッジではクォーツが探知を掛けながら「…あ。船長、ブルーが、もう作業を始めているようです。」

南部「ほぉ。」

操縦席のティーツリーも「珍しいな。昨日あまりに採れなくてお尻に火が点いたのかな。」

クォーツ「…かもしれません。本船はもっと採れそうな場所に行きます。副長、1時の方向へ…。」