第4章 01

翌朝8時半近く。ターさんの家の前に並んで泊まっているカルセドニーとアンバー。

アンバーのタラップから透が駆け下りて来ると、家の方に向かう。ふと見ると玄関から少し離れた庭木の下で、護が何かを持ってじっと立っている。

透は護に近づきつつ「何を…?」

その時、一羽の野鳥がバッと飛んで来ると、護の手から何かをくわえてサッと飛び立つ。

護「エサやってる。ヒマワリの種。」と言っている間にも、また野鳥が来てサッと種を取っていく。「…いつもは手にとまってくれるんだけど、透が居るから警戒してとまらない。」

透「あら。…あーそういやブログで見たな、写真。あれ護の手か。」と言うと「大死然採掘の選考、ウチの船も参加できるといいな。最近、穣が悩んでたんだ。何か新しい事をしたいのに、心が惹かれるものが無いって。」

護「へぇ…。」

透「もし仮に参加できなくても、護たちがその選考に参加するなら話が聞ける。そこから何かインスピレーション浮かぶかも。…何て言うか、未知の事に挑戦してる護たちを見てるとこっちもワクワクしてくるよ。」

護「…そうなの?」

透「うん。」

護「選考ねぇ…俺まだ実力無いから受かる自信が無くて。」

透「結果より参加する事に意義があるよ。やりたいんだろ?」

護「…昔はさ、絶対合格しないと長兄がぁぁって」

透「ああー。そんなのもう川に落ちた時に捨てただろ。」

護「まぁね。」

そこへ玄関から買い物バッグを持ったターさんと、ショルダーバッグを肩に掛けたカルロスが出て来る。

ターさん「今日は俺も休みだな。アンバーに付き合ったら街で遊んでこよう。」と言い透を見て「おはよー!」

透「おはようございます。」

カルロス「護、行くぞ」

護は残ったヒマワリの種を庭木の低い枝の上に置くと、透に「たまにフクロウも来る。」

透「へぇ。」

カルロス「なんか視線を感じる…と思って振り向いたら木の上にフクちゃんが。」

透「フクちゃん?」

護「俺が名前付けた。」と話をしつつ一同は船の方へ。

ターさんと透はアンバーへ、カルロスと護はカルセドニーへ。お互いにちょっと手を振りあって別れ、船内に入る。

各船はタラップを上げるとエンジンをかけ、それぞれの方向へと飛び立つ。


カルセドニーのブリッジでは。

カルロスが呆れたように「…何で3匹もいるんだ…。」

見れば操縦席の駿河の右肩に妖精が一匹、膝の上に一匹、そしてブリッジ内を跳ね回っている奴が一匹。

駿河「俺は家に居た一匹だけを連れて来たんです。あとは貴方達を待ってる間に勝手に入って来たんですよ。朝食後に船に戻って来た時、ドア閉めておくんだった。」

カルロス「とりあえず今日の予定は」

護「ジャスパーで鉱石を降ろしたらマルクト行って採掘して、またジャスパーに戻る。…で、翌朝にイェソドに出発。」

駿河、妖精に頭をポコポコ叩かれつつ「今夜は皆、ジャスパーの自宅で寝られるな。」

護「俺とカルさんの自宅はもう殆どターさんの家みたいなもんだけど」

駿河「それを言うなら俺の自宅は殆どカルセドニーの船室に…この妖精なんとかして。」

護は駿河の頭の上でボンボンとジャンプしている妖精を捕まえると「この船もう駿河さんの家だよね。」

カルロス「さて掃除と昼飯作りだなー。本日もおにぎりです。」

駿河と護、同時に「そんな気がした。」



同時刻、ジャスパーの採掘船本部内。

白いコートを着た女性が、小さなスーツケースを引っ張りつつ慌ただしく廊下を走っている。

女性(…まっずーい、寝坊しちゃったぁ!)と思いつつ更衣室に入るとササッとコートを脱いでスーツケースに押し込む。(本部で着替える余裕無いから家から制服着て来る作戦…まぁ家から着て来てもいいんだけど、この黄色い制服目立つのよね!)…鏡で化粧のチェックもそこそこに更衣室を出て再び廊下を走る。角を曲がると息を整え何事も無かったように歩き出し、事務所に近づいた瞬間「もう時間なんですが!」という声が聞こえて思わず立ち止まる。(…あの声は…また黒船の船長が…。)と不安げな顔になると、はぁ…っと静かな溜息をついて(レッドの船長よりはマシだけど…とにかく行かなきゃ!)と思い切って歩き出す。

事務所の入り口では総司が管理に捕まっていた。

管理「君の体調が心配なんだよ。もし無理なら休んでもいい。特別手当を出してあげるから。」

総司「大丈夫です!」

管理「我々が君の為にこんなにしてあげているのに」

総司「とにかく黒船の事は俺に任せて…」と言いかけて、管理の背後の女性に気づき「通れなくて困ってますよ!」と指差す。

管理、後ろを見て「あっ、楓船長。すまん。」

楓「おはようございます。」と言いつつ事務所内に入る(…時間ギリギリ、セーフ…。)

すると管理が「シトリンは最近、調子がいいですね。」

楓、思わず「えっ。」と言って管理の方を見る。

管理「どこかの船と違って、きちんと規律を守ってくれるし、流石は先代の剣師船長の娘だ。」

楓(…前に、女性の船長は困るとか散々聞いた気がしますけど。)

するともう一人の管理も「やはり船長は人間の方がいいなぁ。」

楓、唖然として「…は、はぁ。」と言ってから、総司の冷たい目線にやや不安を感じて(…やばい…。)

総司「時間なので行かせて頂きます!」と怒鳴るように言うと管理を押し除けて事務所から出ていく。

楓(あー…もぅ!…管理のばかぁぁ!黒船船長に敵視食らっちゃったじゃん…。)

管理は呆れたように「最近、黒船は調子が悪くてねぇ。」と言うと楓を見て「だからシトリンに期待してますよ、黒船を支えてあげて下さいね、楓船長。」と微笑む。

その微笑みに一瞬、恐怖を感じつつ、楓は小さく「…はい。」と返事をする。


総司は本部内を疾走して黒船へと急ぐ。エレベーターが来ないと見ると階段の方へ。スーツケースをひっ掴んで階段を一段ジャンプですっ飛ばしながら駆け上がると駐機場内に入り、黒船の船体目指して走る。

総司(…どいつもこいつも人工種だからって見下しやがって…しかもそれが黒船の船長だから、ブッ叩く…)

黒船のタラップを駆け上がると既に集合していたメンバー一同が心配そうな顔で総司を見る。

ジェッソの「大丈夫…」という言葉を聞かず

総司「管理のせいで遅刻です、すみません!」と言うと「どうせ何時に出ようと管理さんには全く関係ないらしいので、遅刻ついでにちょっと待ってて下さい!」と言いながら階段室へと走り去る。

ジェッソ「…あ…」と何か言いかけたが、黙って総司を見送る。そのまま暫し沈黙の時間。

誰も何も発せず、重苦しい雰囲気のまま総司が戻って来るのを待つ。

暫くすると階段室から総司が現れて「お待たせしました!」と皆の所に駆けて来る。

ネイビー、総司を見てちょっと驚いて「あら。」

上総「その制服…。」

総司「駿河さんから貰った人間用のやつです。久々にこっちを着ました。」と言いつつ一同の前に立つ。

ジェッソ「なぜ、それを…。」

総司「気分です!当分こっちを着ます!」と言うと皮肉な笑みを浮かべて「…恐らく管理の皆様が最も嫌がる姿だと思うので。」

ジェッソ「…はぁ…。」と言いつつ(…大丈夫だろうか…。)

総司「今日は…、もう採っても採らなくても管理には不満を言われるし、採掘量を落としても他の3隻が全く困っちゃくれないので適当に!採掘監督、何かありますか!」

ジェッソ「えっ。…まぁあんまり落とすとアンバーが困るから、適当に採ります。」

総司「他に何か連絡事項のある方は。」と一同を見回す。誰も挙手しないのを確認すると「では皆さん本日も宜しく!」

一同「宜しくお願いします…。」とやや覇気の無い返事をする。

総司、そんな一同に「…皆さん。もうちょっと元気出して…。」

ジェッソ「いや元気は元気なんですが。」

ネイビー「船長こそ元気なのかと。」

総司「俺は元気ですよ?とにかく出航!」と言って階段室へと歩いて行く。ネイビー達も後に続く。

それを見送りつつレンブラントがボソッと「…管理に何を言われたのやら。」

機関長のリキテクスも溜息交じりに「…でも、どこぞのカルロスさんと違って表現してくれるだけ安心です。」

その言葉にジュリアがハッとして「そうね!」

レンブラント「確かに!」

ジェッソ「まぁ、それはそうなんだけれども…。」と言い悩み顔で溜息ついて「うーん…。」



所変わって駐機場のシトリン船内。

朝の清掃が終わり、一同が朝礼の為に採掘準備室に集い始めている。

コーラルは欠伸をしながら採掘メンバーの列に並んで(…今日も退屈な一日の始まりかぁ…。)と内心呟く。

採掘監督の陸が時計を見て「船長、今日は少し遅いな…。」と呟いたその時、タラップの方からスーツケースを引っ張る音が聞こえて来ると、楓が姿を現す。

楓「皆、おっはよー!」

一同「おはようございます。」

楓「船長ちょっと遅れちゃった。…副長、出欠確認終わった?」

副長「船長以外は、もう全員揃ってるよ。」

楓、あははと笑って「そうね!ゴメンねコルド君」と言い、並ぶ一同の前に立ち「じゃあ朝礼しよっか。皆さんおはよう。船長はさっき事務所で管理さんに褒められてしまいました。シトリンは最近よく頑張ってるって。」

その言葉に陸が面食らって「ほぇ?…何か頑張ったかな。」

楓「頑張ってるわよ。陸君いつも皆をまとめてくれて。」

陸「そりゃ採掘監督ですから。それを言うならジュニパーさんの探知が」

ジュニパー「アタシだけじゃないわ。綱紀ちゃんも」と列の端に居る綱紀を見る。

綱紀、(また余計な事を…)と思いつつ不機嫌そうに「…俺の探知はゴミですから。」

途端にその場に冷たい空気が広がる。

コーラル、内心で(…また…。もぅ…。)と辟易する。

慌ててジュニパーが綱紀の前に駆け寄ると「もう綱紀ちゃんったら!そんな拗ねちゃダメ」と両手で綱紀の肩をガシッと掴む。

綱紀、辟易して冷たい目で「…だから近寄らんで下さいと。」

ジュニパー「探知がどうでも綱紀ちゃんはアタシみたいに堂々としてればいいのよ。アタシなんて男なのに女なんだから!」

綱紀「…。」物凄い辟易顔。

コーラルは会話を聞きつつ(せめて楽しく採掘船ライフしたいのに…。能力の有る無しなんて、どうだっていいじゃん、俺なんか何も特殊スキルの無い平凡な人工種なんですけど。)

陸「とにかくえーと。…管理に褒められたのは良かったと思います。」

楓「あと…シトリンに期待している、とか言われたわよ。最近、黒船の調子が悪いから、本部ちょっと困ってるのかも。」

コルド、思わず不安げな顔になり「それは…」と呟くと「何となくお腹が痛くなりそうな言葉だな…。」と言いつつ右手でお腹を押さえる。

陸も「深読みしたくない言葉ですよね…。」

楓「まぁ今まで通りマイペースで行きましょ。普通に仕事できていればそれで。」

ジュニパー「あんまり出る杭になるとガツンと打たれちゃうしねぇ…。」

陸「ブルーみたいに引っ込み過ぎても打たれるけど…。」

楓「…大丈夫よ、もし管理さんが無理難題を言って来たらキチンと断るから。ウチは黒船やアンバーみたいに無理が出来る船じゃないし、人生はお仕事だけじゃないから楽しむ事も大事だし、マイペースにやってないと続かないでしょ?」と言って一同を見ると「じゃあ出航するから、ジュニパーさんと綱紀君、ブリッジに来てね。」

綱紀「俺は」と断りかけたのを遮るように

ジュニパー「行きましょ綱紀ちゃん、聖司ちゃんも来てね!」

聖司「はい。」

綱紀は嫌そうにチッと舌打ちをする。

コーラル、そんな綱紀を見て(…だから恐ぇんだってば…。)

一同、それぞれの持ち場へと移動を始める。綱紀もジュニパーや聖司と共にブリッジへと向かいつつ、内心で溜息をつく。

綱紀(…俺みたいな役立たず、もうブリッジに要らないだろ…。こんなSSF最大の失敗作は。)

ジュニパーに促されて重い足取りでブリッジに入ると、入り口のドアの横の壁にもたれ掛かかって気だるげに立つ。

綱紀(どうせ俺は聖司の力を借りないと探知が出来ないし。探知できてもハズレばっかりだし。管理が褒めてんのはジュニパーだけだろ…。だって俺は昔、管理の奴に…)そこで昔、管理に罵倒された時の事を思い出す。


 『…ほんっと役に立たねぇな!お前はもうダメだ。…皆、呆れてるよ。』


綱紀(…。もう何もかも嫌だ…。)

あからさまに不貞腐れモードの綱紀に、陸が声を掛ける「綱紀。またそこに立つのか。」

綱紀「ここ定位置なので。」

陸「ブリッジのドア閉められないんだけど…。仕方ないなぁ。」

ジュニパー、楓に「昨日の現場の近くにまだ少しあったわね、まずあそこ行きましょ。細かい探知はそこに行ってから。」

楓「了解。」


シトリンは駐機場から飛び立ち、曇り空の中を飛んでいく。

楓は船長席に座って密かにふぅっと溜息をつくと(…恐かったな、あの人の目…。)と事務所での総司の目を思い出す。(私は女だからあんまり『出る杭』にならないようにしてるのに…。しかも父親のコネで二代目船長になったようなものだから…。…とにかく皆が毎日平穏無事に仕事が出来たらそれでいい。管理に目を付けられたらゴタゴタに巻き込まれる。…恐い…。)

楓がそんな事を考えていると、陸が船窓から空模様を見て「雨が降らないといいなぁ。天気予報では曇りだったけど。」

操縦席のコルドも「雨降ると大変だもんな。まぁ降水確率30%だけど。」と言い「ちなみにサード君とコーラル君が、仕事終わったらサッカーしたいと言ってたな。」

陸「今日はサッカーか。一昨日はドッジボールだった。…どこに停泊するかによるなぁ。広い場所ならいいけど。」と言ってから「…コーラル達は、遊びたい盛りだよなぁ…。まだ10代だし。」

ジュニパー「サード君は、お勉強も必要だけど。」

陸「まぁねぇ…。」と言いつつ(…仕方ないよな。それが人工種の人生だ。でも何歳になっても相変わらず…。)と思ってボーッと空を眺めながら(何の為に頑張るのか分からないんだよな。とりあえず人工種だから、与えられた職をやってるだけで…。)

ブリッジ内に、暫し静かな時間が流れる。

やおらジュニパーが「そろそろ探知するわよ綱紀ちゃん。」

綱紀「…。」黙って自分の横に居る聖司の方を見る。

聖司「じゃあ…綱紀に同調する。」と言い綱紀の左肩に自分の右手を置く。

その瞬間、綱紀が「だから肩じゃなくて腕の方がいいって言ってるだろ!」

聖司「あ、ごめん。」と肩に置いた手を上げると「肩だとエネルギー強すぎなんだよな。」と言い、右手で綱紀の上腕を軽く掴む。

綱紀「ていうか調整し難いんだよ!」と言いつつ(マジでこいつぶっ殺したい…。)

聖司(…殺意が来た。凄い怒ってる…。)

綱紀(…ビクビクしやがって。何だよこの貧弱なエネルギーは!テメェは怪力人工種なんだからもっとパワー出しやがれ。)と聖司に対して内心で悪態をつきつつ一応、探知をかける。

ジュニパー「…綱紀ちゃん、探知してる?」

綱紀「してますが!…聖司のパワーが低くて」

聖司「…結構…出してるけど?」と言いつつ内心(…だって綱紀、怖いし…。)

そんな二人を見ながら陸が溜息をついて「…大変だなぁ。いつもながら…。」

綱紀「あのクソ製造師が原体E型なんてロクでもない実験体を創るからです。」

陸、呆れて「こら。俺らの製造師を…。」

綱紀「紫剣の作る人工種って極端ですよね。出来の良い奴と悪い奴の差が。」

陸「…あまり製造師の悪口を言うと、怒るぞ。」と睨む。

不穏な空気を打開するようにジュニパーが「探知しましょ。アタシもたーんち!頑張るわよぉ!」

綱紀(どうせ俺が頑張った所で上総やクォーツみたいには探知できませんし。もうとっとと廃棄処分にしてくれよ!)

聖司(…綱紀が恐い…。もう嫌だ…。何で俺達、二人一組なんだろう…。何でこんな変な人工種にしたんだよ…。普通になりたい…。)

再び静かな時間が流れる。

陸、内心で溜息ついて(…ほんっと綱紀が居ると、船内がギスギスする…。参ったな…。)

ふとジュニパーがぽつりと「綱紀ちゃん、いつかあの人に会えるといいわねぇ…。」

綱紀「誰ですか。…もしかしてカルセドニーの奴ですか? 嫌だって言ったでしょう。」

ジュニパー「いいアドバイスしてくれると思うのよ。」

綱紀「絶対嫌です。説教なら管理に散々されましたんで。」

ジュニパー「…。」何も言わず、再び探知に集中する。

綱紀(…余計な世話だ。俺みたいな失敗作はカルロスみたいな凄い奴に会う資格すらない。どうせバカにされ蔑まれ、呆れられるだけ…。あんな超絶エリートに、俺の苦しみは分からないだろうな…。…っていうか…。)そこで密かに奥歯を噛み締めて憎々し気な目つきになると(…能力がある癖に黒船から逃げて自由になりやがって…。ブッ殺してやりたい…。)

ジュニパー、難しい顔をしつつ「今日は何だか探知しづらいわねぇ…。」

コルド「…天気が悪いからかな。」

ジュニパー「そうねぇ…。」



一方、黒船はイェソドに向かって死然雲海を飛行中。

ブリッジでは総司が沈んだ顔で何かを考えている。腕を組み、船長席の椅子の背もたれに深くもたれ掛かり、やや俯いて(管理のお陰で毎日ストレスが…。俺が凹むと船内の雰囲気が悪くなる、でも仕方がない…。皆に迷惑かけたくない、心配をかけたくないのに、管理のせいで皆を心配させ迷惑かけて…。一体どうしたらいい、こっちが何もしなくても向こうから色々やられる…!)そこで悔し気な表情をすると(…黒船の船長として…、こんな船長で良いのかと、自信が無くなる…。)

それから暫くボーッとして(…あの人も、こんなに苦しんだんだろうか…。)と、駿河を思い浮かべる。

(…俺はまだ人工種だからメンバー全員に理解されるけど、あの人は人工種の中にただ一人の人間だった…。当時は俺も、あの人を誤解していた。…誰にも理解されなくても、あの人は黒船船長を続けていた…。)

ふと目線を上げると、操縦席の隣に立っている上総が視界に入る。

上総は必死に何かを探知している。「んー…んー!」と悩んで「今日は雲海が濃くて…アンバーどこかなぁ。」

操縦席のネイビー、ニヤリと笑って「うちのマリアちゃんに探知妨害されてたりして!」

上総「うちの?」

ネイビー「あっ。アンバー時代の癖で、つい。」と笑い、「今は、うちの探知君だ。」

上総「上総ですってば!」

ネイビー「探知君でもいいじゃない。」

上総「そしたらマリアさんも、カルロスさんも、探知さんになるよ!」

ネイビー「あら。」

そんな会話を聞きつつ、総司は(…あの人が、俺を信じてくれたから…、俺は、何があろうと頑張ろうと…。)そこで視線を落とし、(…何とか、管理の奴らにナメられないように…。人工種の黒船の船長として、…何とかしなければ…。)と辛そうな表情で目を閉じる。

上総、ネイビーに「それよりも妖精が探知の邪魔してくる!面白いからいいけど。」

ネイビー「ヒマだもんねぇ。航路ナビ。」

上総「前はイェソドまで探知するの大変だったけど、今もう慣れちゃったし。もしマリアさんが探知妨害対決してくれるなら望むところ。」

ネイビー「向こうもヒマなのかもよ?」

上総「おっ。雲海が少し薄くなってきた。イェソドまであと20分かな。」と言って船長席の方を見て、驚いた表情になる。そのまま様子を伺うように総司の方を見ていたが、ネイビーに聞こえる位の小声で「船長、寝てる…。」

ネイビー「えっ。」と目を見開く。「ほんとに?」

上総も呆然とした顔で「あの総司さんがここで寝るなんて…。」

ネイビー焦って「お、起こして。起こしてあげて!」

上総は静かに船長席の総司に近づき、様子を見る。

腕組みしたまま下を向いて寝ている総司。

上総は右手で総司の肩にちょっと触れて「…船長。…総司さん。あの…」と言いつつ、ポンポンと肩を叩く。それから肩を掴んで少し身体を揺さぶる。

すると総司が目を覚まし、ハッ!と顔を上げると上総を見て驚き「なっ、…なんだ。」

上総「おはようございます…。」

総司「俺、寝てたのか?!」と驚くと「恥ずかしい所を見せた。…ブリッジで寝るとか絶対あり得ないだろ…。」と赤面する。

上総「よっぽど疲れてるんですね。」

総司「イェソドは。」

上総「あと20分です。」

そこへネイビーが「採掘作業中、私がブリッジに居るから船長は休んで下さい。何なら帰りは私と静流君で」

総司「いや!」

ネイビー「またブリッジで寝られると困るんですけど。」

総司「大丈夫だ。心配しなくても、大丈夫だから。」

ネイビー「…本当に?」

総司「うん。…昨日ちょっとあんまり寝られなかっただけで…無理はしていない。」

ネイビー「…。」

総司、内心密かに溜息をついて(…情けない…。こんな俺を、あの人には見せられない…。)