第4章 02

その日の夕方。

採掘船本部近くの立体駐機場の中に、カルセドニーが駐機している。

船体から数分歩いた場所にエレベーターホールがあり、護たち3人がエレベーターを待ちつつ、カルロスはスマホでどこかに電話をしている。

カルロス「…では20時過ぎに伺います。それでは。」と言いスマホの電話を切ったタイミングで丁度エレベーターが来る。3人は各自の荷物を持ってエレベーターに乗り込む。護は背中にバックパックを背負い、駿河とカルロスはショルダーバッグを肩から掛ける。

カルロス「周防は20時以後だと都合が良いとさ。」

護「あと2時間あるね。一緒に飯を食いに行こう!」

カルロス「ついでに何かお茶菓子でも買っていくかな…。しかしあの石茶に合うお菓子とは。」

護「別に茶だけでもええ気が。」

そんな話をしつつエレベーターを降りて駐機場ビルを出ると繁華街方面へと歩き出す。

護「大通りの角のファミレスでいいかなぁ。」

駿河「いいと思う。」

3人は大通りに出て、やや人の多い交差点に来る。信号待ちをしつつ

護「カルさん、SSFってここから歩いて何分?」

カルロス「約15分かな。」

すると駿河が「…俺、いつかSSFの中に入ってみたいな。イェソド行く時に黒船で屋上だけ行ったけど、中に入った事ないから。」

護ちょっとビックリ顔で「人工種製造所にも興味あるの?」

駿河「うん。どんな風に生まれるのかなって。」

護「へぇ…。」

カルロス「なら今日、一緒に行くか?」

駿河「いやいいよ。だってせっかく製造師と2人で親子水入らずなんだし!」

信号が青に変わって人々が歩き出す。3人も歩きつつ

カルロス「んじゃいつか連れて行ってやろう。何ならカルセドニーで突撃してしまえ。」

駿河「突撃て」

護「まぁいつか皆で行こう。」

横断歩道を渡り終えた所で、先頭を歩いていたカルロスが立ち止まって、振り向く。

つられて後ろの駿河も護も立ち止まり、怪訝そうに「どしたの?」

カルロスは黙って駿河の背後を見ている。駿河はカルロスの視線を追うように自分の背後を見ると、すぐ後ろに自分の方を見て立ち止まっている、大き目のトートバッグを持った白いパーカーの小柄な青年が一人。その背後に黒いジャケットを着た中年の男がスーツケースのハンドルに手を掛けたまま立っている。

駿河と小柄な青年は少しの間、黙って見つめ合う。

駿河「…何か?」

途端に青年が慌てた様子で駿河に「あ、あの、すみません。もしかして、カルセドニーの方ですか?」

駿河「…はい。」

青年「『カルセドニーの記録』っていうブログの」

駿河「それ多分、俺のブログかな。」

青年は目を輝かせて満面の笑みを浮かべると「やっぱり!僕あのブログ大好きなんです、いつも見てます!」

駿河、驚いて「はぁ」

青年「さっきなんかSSFとかカルセドニーって聞こえて、もしかしたら!って思ったら…あっ、僕は人工種で、輪太って言います!…ブログの妖精、大好きなんです!僕もいつかイェソドに行って妖精に会いたいです!」

護「妖精好きなのか。」

輪太、ニコニコしながら「はい!」

すると輪太の背後に居た男性が驚いた面持ちで「…この子の、こんな笑顔を見たのは初めてです。…いつも暗い顔なので。まるで別人…。」

輪太「だって嬉しくて。」

駿河「ちなみに…採掘師?」

輪太「はい!レッドコーラルです!」と言うと背後の男性を指差し「この方は、人間で、操縦士です!」

男性「レッドの三等操縦士の春日と」と言った途端、護と駿河が同時に「三等?!」

駿河「貴方が…。玉突きでレッドに入ったという。」

春日「玉突き?ああ、なんか黒船の船長が抜けて移動があったとか。」

カルロス「…ところで、もし良ければ一緒に食事でもどうですか。そろそろ食事しないと私の時間が。」

駿河「ああ。」

護「そこのファミレスで一緒に!」

春日「じゃあそうしますか。」

輪太「えっ。…ほ、ほんとに?…迷惑では」

カルロス「いいから行きましょう」と言い一同を促して歩き出す。「話は店でゆっくりと。」


一同はファミレスに入ると空いていた窓際の6人席へ。窓側から護、駿河、そして通路側にカルロスが並んで座り、テーブルを挟んで輪太と春日が並んで座る。各自はメニューを見て何を頼むか決めると、店員を呼んで注文を済ませる。

護「じゃあ改めて自己紹介しようか。俺はALF IZ ALAd454十六夜護。」

駿河「駿河匠です。」

カルロス「MF SU MA1023周防カルロス。ちなみに私は用事があるので19時半頃に途中で抜けます。」

すると春日が「あ…史上最高の探知人工種というのは貴方か。」

カルロス「は?」と言うと「誰がそんな事を。」

輪太「うちの船長が。」

春日「言ってました。」

カルロス、呆れた顔で「はぁ。…貴方、自己紹介どうぞ。」と春日の方に右手を向ける。

春日「春日陽司です、宜しく。」

駿河「ちなみに以前はどこの船に?どういう経緯でレッドに。」

春日「前は人間だけの貨物船に。事情あって船を降りてフラフラしてたら3か月前、採掘船本部にスカウトされました。…聞いた話では、本当はブルーに入る予定だったのが、なぜかレッドになったらしいです。」

駿河「それは、なぜ?」

春日、首を傾げて「さぁ?」と言うと「次、輪太君。」と輪太の肩をつつく。

輪太「は、はい。…周防輪太といいます、15歳です!」と微笑む

カルロス「周防?同じ一族だったか。…人工種ナンバーは?」

輪太「…SSF SU SSC05です。」

カルロス「え。」と驚き「SSCというと、上総がSSC03で…。」

駿河「SSC02が静流君、SSC04が大和君。」

カルロス、駿河に「よく覚えてるな。」

駿河「一応、黒船船長だったので。SSC02、3、4で覚え易かったし。」

輪太「…僕もいつか黒船に乗れたらいいなぁと。アンバーでもいいんですが。イェソドに行きたい。」

駿河「ここにドンブラコで行った人が」と護を指差す。

護「自力で走って行った人が」とカルロスを指差す。

カルロス「まぁイェソドに行く方法は黒船やアンバーだけとは限らんって事だ。奇想天外な方法があるかもしれない!」

そこへ注文した料理が来る。

店員「お待たせしました。」

護は野菜炒め定食、駿河とカルロスと春日は焼き魚の定食。

護、輪太に「…ホントにそれだけでいいの?」

輪太の前にはトーストとオレンジジュース。

輪太「はい。…緊張で食べられなくて…」と微笑む。

春日、輪太を指差して「この子、いつもあんまり食べないんで。」

護「お腹すかない…?」

輪太「大丈夫なんです!」と言ってちょっとトーストを齧る。

ふと、駿河が箸を止めて輪太を見ると「そういや貴方はどういう経緯で俺のブログを知ったの?」

輪太「…イェソドという所は楽園だって噂を聞いたので、ネットで調べたら、妖精が出てきました。見た瞬間もう可愛くて…。」

駿河「なるほど。」

春日、駿河を指差し「しかし貴方はよく黒船を降りましたね。未練は無かったんですか。」

駿河「全くありません。彼らと一緒に自由に飛び回りたかったので。」と護を指差す。

春日「…お陰で黒船は大変なようですよ。人工種だけの船になって。失礼な見方をすれば貴方が責任放棄して黒船から逃げたと」

すると駿河笑って「まぁそんな見方もできますね。一理ありますよ。…こんなヘッポコ船長いなくたって黒船は大丈夫だから俺は降りたんです。カルセドニーにしても俺はただの雇われ操縦士で、船のオーナーは彼ですから。」とカルロスを指差す。

春日「なるほど。」

駿河「ところでレッドはどうですか。入ってまだ3ヶ月ですが慣れました?」

春日「…慣れた部分と慣れない部分がありますね。」と言うと「正直言えば、大変な船に入っちまったなぁというのが本音ですが。まぁでも必死に頑張ってる奴がいるので俺も頑張らないとなぁと。」と言いつつ輪太を指差す。

輪太「春日さんにはいつも助けられています!」

駿河「どのような部分が大変なのでしょうか。」

春日、暫し黙って考えると「んー…。でも、それはさ。」と言って言葉を切り、輪太を指差して「この子、船長の為にって、いつも頑張ってるんだ。船長を喜ばせたいって。…あんまり食べないから疲れ易いんだけど、元気なフリして。」

輪太「元気ですから!」

春日「…で、船長は、いい船長なんだよな。ご立派で、心配性で、いつも管理の事を気にしてる。メンバーの人工種達を、管理の為に役立つ人工種にしようと頑張ってる。それが人工種の幸せだと信じているから。」

カルロスも、護も、そして駿河も唖然として暫し春日を見つめる。

輪太「…僕は船長を尊敬してます!」と微笑む

駿河(…昔の…)

カルロス(…昔の黒船…。)

護(…まるで、長兄や製造師に心酔してた頃の自分…。)

春日「…もしかしたらこの子が、本気で真剣にイェソドに行きたいと思った時に、それが崩れるかもな。」

駿河「…。」

護、思わず「…ドンブラコすれば…。」と言い「…いや、何ていうか、…変わらざるを得なくなる時が、来ますよ、いつか。」

カルロス「…そうだな。それこそ奇想天外な方法で。」

駿河「…うん。来る。」と言うと「そうだ君にいいものを見せよう。有翼種の写真だ。」とスマホを取り出す。

輪太「えっ」

駿河「ブログに載せられないからね、ここで君だけに。」と言ってスマホの画面を見せる。

輪太、それを見て「わぁ!」と驚く。「飛んでる!」

駿河「動画もあるんだ。とりあえずご飯を食べてしまおう。そしたら食後のお茶しながら君に色んな写真を見せてあげる。」

輪太「はい!」と満面の笑み。


それから少しして、一同は食事を終え食器を下げてもらって食後のコーヒーや紅茶を飲みつつ雑談をしている。

駿河は春日と輪太の間の席に座り、2人にスマホで動画や写真を見せている。

輪太は「妖精が動いてるー!」と大喜び。

駿河、春日に「妖精って探知もするので、俺はいつも妖精を膝に乗せて操船してます。」

春日「え。…探知はあの方では。」とカルロスを指差す。

カルロス「たまにメンドイ時があるので。そんな時は妖精に。」

春日「なるほど。」

そこへ護のスマホに電話がかかって来る。

護、スマホを取り出しつつ「ちょっと失礼…あ。穣さんだ。」と言い電話に出て「はい護です。」

カルロスは店内の時計を見て「そろそろ19時半になるな。SSFに行くか。」

春日、カルロスに「もしかして定期メンテとかいう奴ですか。」

カルロス「いや。ちょっと製造師と茶飲み話を。」と言うと財布から現金を出して駿河に渡しつつ「私の分、払っといてくれ。お釣りは手数料として駿河にプレゼント。」

駿河「ほい。」と受け取る。

すると護がスマホで電話しつつ、駿河たちに「アンバーもエントリーする事になったって!」

駿河「おお。」

カルロス「何となくそうなる気がしてた。」と言うと立ち上がり、傍らに置いたショルダーバッグを肩から掛けると「とりあえず私は行こう。ではまた。」と言って店の出口の方へ歩いて行く。

春日「お疲れ様です。」

駿河「お疲れさんでーす」

春日、駿河に「エントリーって、何に?」

駿河「大死然採掘という有翼種の船団採掘です。」

春日「アンバーがそれに参加を?」

駿河「カルセドニーもですが。まず選考があるのでそれにエントリーを。」

護は通話相手の穣におやすみの挨拶をしてスマホの電話を切ると、駿河の方を向いて「アンバーが街に行ったらカルナギさんと出会って、ターさんと一緒に船団の団長に話をしてくれて、それでアンバーと団長が直接会って話をしてエントリーが決まったと。」

駿河「なんか先を越された気分だな。カルセドニーもエントリーしますよ!」

護「まぁエントリー期間これからだし。あ、でもアンバーのお陰で課題がもう発表になったよ。選考課題は『源泉石』だって。」

駿河「源泉石?なんだそれ。」

護「イェソド山の頂上の源泉で採れる石!…ほら昔、人間がイェソドを攻めた時に狙った石だよ。」

駿河「へ?」

護「とはいえイェソド山の源泉石は勿論採掘禁止ですけど。実はジャスパー側でも採れるのだ!イェソド鉱石を入れるコンテナの内側に塗られているのは源泉石の粉末だったりする。イェソドエネルギーの毒性を閉じ込める為に。」

駿河、キョトンとして「…はぁ?」

護「簡単に言えば人間でも触れるイェソド鉱石みたいなもんです。…源泉石もピンキリだから、ジャスパーで採れるようなのはダメだろな。どんなレベルのを要求されるのかな。まぁ詳しくはエントリーしてからですね。」

春日「…話がよく見えませんが。」

護「とりあえずアンバーとウチの船はテストを受けるって事です。課題が源泉石。」