第5章 02

一方、駐機場のレッドコーラルの採掘準備室でも朝礼が行われている。

南部はちょっと溜息をつき「…毎日毎日、皆に頑張れというのも実に心苦しい所なのですが、本部からの要望があるので仕方がありません。なにせ最近は黒船の採掘量が落ちてきているので、我々が頑張らないと…逆に言えば皆さんは、それだけ期待されているという事なんです。ブルーのようにサボってばかりいると、本部に見限られてしまいますから。…分かりますね、皆さん。」

一同「はい。」

前列の一番端で真剣な顔で船長の話を聞いている輪太とは裏腹に、後列の春日は眠たげな目をしながら(…毎日毎日、同じような話して、よく皆、飽きないな。俺は欠伸が出ちまいそうだ…。)

南部は一同を見回すと「まぁ、あれですよ。今は黒船とアンバーがイェソドへ行き、それ以外の3隻が内地で採掘している訳ですが、このまま黒船の不調が続けば代わりに別の船をイェソドへ、という事態になるかもしれませんから、ウチの船も、もう少し頑張りましょう。」

一同「はい。」

春日、思わず目をパッチリ開けて(…ほぉ?…なんか珍しい事を言ったな。別の船をイェソドへ…?)

南部はサイタンを見て「それでは採掘監督…、今日もご機嫌ナナメなのかな。あまりウィンザー君を頼っちゃいけないよ。」

サイタン「…。」仏頂面

南部「あと、いつも言いますが体調管理は全ての基本です。無理はしないように。…と言う事で、出航します。」



駐機場から飛び立つレッドコーラル。

船内では現場に着くまで作業の準備をしたり個人的な用事をしたり、各自それぞれ動いている。

輪太は採掘準備室の片隅で一人、特に何をするでもなく折り畳み椅子に座ってボーッとしていた。

輪太(…さっき、船長なんか変な事言ってた。あれ気になるなぁ…。)


『代わりに別の船をイェソドへ』


輪太(…行けたらいいなぁ…。イェソド、皆が自由に暮らせる所…。)そこでふと(あっ。でも黒船の代わりなら、黒船と同じ位、鉱石を採らないと…。イェソドに行けたら船長も喜ぶし、僕、頑張りたい…。)

その瞬間、輪太のお腹にちょっと痛みが走る。(…あ。また…いつものお腹ゴロゴロ…。)お腹を押さえると、(なんでだろう…。さっきトイレ行ったばっかりなのに。)

立ち上がり、急ぎ足で階段を上がって船内中央のトイレに向かうが、(あっ!) と思わず足を止める。誰かがトイレ前の洗面所で手を洗っている。

輪太(…クォーツさん。)

クォーツ、ちょっと輪太を見ると「トイレどうぞ」

輪太「あ、うん。」と言いトイレに入る。


少しして、トイレのドアが開き輪太が出て来ると、はぁ…と溜息ついて洗面所で手を洗いつつ(…あんまり食べないのに何でお腹ゴロゴロするんだろう…。何で…。)

突然「大丈夫か」という声を掛けられ、驚いて声の方を見るとクォーツが洗面所の出口に立っている。

輪太「うん!」と微笑みつつポケットからハンカチを出して手を拭く。

するとクォーツが「これどうぞ。」と輪太に小さな薄い小箱を差し出して「…下痢止めだ。」

輪太ビックリして「えっ?!」

クォーツ「人工種でも飲める薬だ。」

輪太「ど、どうして?」(…僕のお腹、バレてた、恥ずかしい…恥ずかしい!)と顔が真っ赤になる。

クォーツちょっと黙ると「…いいから受け取れ。よくトイレに行くから心配していた。もっと欲しかったら言えよ。SSFで貰ってきてやる。」

途端に輪太、必死な表情で「周防先生には言わないで下さい!」

クォーツ「…うん。製造師見習いの月宮さんに言って貰ってきた。それに俺はSI、紫剣先生の人工種だから、大丈夫だ。」

輪太、クォーツから薬の小箱を受け取ると「すみません、迷惑かけて。…ごめんなさい…。」

クォーツ「同じSSFの人工種だ。気にするな。」

輪太「でも僕は」

クォーツ「今はSSFだ。一緒だ!」と言うと「…あまり無理するなよ。」

輪太「…大丈夫です。」と微笑むと「お薬飲みます、ありがとうです!」



それから暫く後。

レッドは現場に到着し、採掘作業の真っ最中。メンバー達が外で頑張って作業している一方で、レッドの機関室では2人の男が入り口のドア横の壁に寄り掛かって雑談をしていた。そこへドアが開くと、春日が顔を出して中を覗く。

春日「あっ。機関長と二等操縦士がまたサボってる。俺も入ろ。」と言いながら中に入りドアを閉める。

機関長「俺は仕事してるよ?ここ俺の持ち場だし。サボってるのは相原操縦士。」

相原「岩代機関長もだよ。まー、ここが一番落ち着くんでー。人間だけで居た方が楽。ただし船長は除く。」

春日「こんなにサボリの常連がいるのに、あの船長気づかないのな。」

相原「船長は、副長のティーツリーさんが居りゃご機嫌なのよ。…二等と三等の操縦士は人間だからさぁ。」

岩代「あの人、船長以外全て人工種の方がいいんだろうな。」

相原「でもそれは管理が面白くない。どっかの黒船で苦い思いしてるから。」

春日「それで俺がレッドに入れられたのかな?」

岩代「いや、前任の三等のトールさんも人間だから関係ないよ。」

相原「新参者をブルーに入れたくないからかな。ウチの船長は、ほら。管理とベッタリだから。」

春日「ああ…。管理の代わりに船長が、新入りを管理してくれるって事ね…。それにしても人工種が採掘してんのに人間はこんなダラダラ。」

相原「人工種もダラダラしてるよ。ほら、あのサイタンとかさー。」

岩代「…ところで今朝、船長がなんか妙な事言ってたな。黒船の代わりにイェソドとか。」

相原「無理だろ。いくら黒船が不調と言っても相当採ってるし。」

岩代「でもイェソドって凄いとこらしいねぇ。以前はレッドと同じ位だったアンバーが、イェソドに出たら採掘量爆上がりした。つまりメンバーの技量ってよりは、イェソドに行けば何とかなるみたいな。」

春日「なら採掘船全部イェソドに出したらいいのに。」

相原「管理さんにも色々ご都合があるんすよ。」

春日「ふーん。」と溜息つくと「んでもイェソド、興味はある。行ってみたいねぇ。」

相原「まぁ、チャンスは活かしたいけどな。…ただなー…。」

岩代「…せめてサイタンがヤル気になればな。あの人、底力はある人なんで。」

春日「そうなのか。」

岩代、溜息ついて「あの事件が無ければなぁ。」

相原「あれ以前のレッドは、今よりマシだったよな。」

春日「何があったの?良かったら聞きたい。」

相原「…何から話すか。」と岩代を見る。

岩代「まず…1年前までウチの採掘監督は人工種のミムラスって人だったんだけど、なかなか出来る人で、でもサイタンからすると優等生的で気に食わねぇ奴だったんだな。とはいえミムラスが船長とサイタンの間を取り持って、レッドは何とか上手く行ってた。ところがある日サイタンが、クォーツが『危ないかもしれない』という場所で『出来る』と言い張って無理な採掘しようとしたら事故が起きて、ミムラスが腕骨折の大怪我をしちまった。ミムラスはサイタン庇って『自分の責任です』と言い、でも船長は『いや自分の責任だ』と。んで船長を辞任しようとしたけど管理から止められて、結局はミムラスが自分から船を降りて、代わりにサイタンが採掘監督にされた。」

春日、若干呆れて「なんだそりゃ…。」

相原「サイタンはそれ以来無口になって、船長とは激烈険悪な雰囲気で、ウィンザーが2人の間を取り持って、こんな感じになってる。」

春日「なるほど。ミムラスは今どうしてんの。」

相原「怪我は全快して今は他の仕事に就いているって聞いたよ。」

春日「…レッドに居りゃいいのに…。そもそもサイタンが船降りますって言って船長がそれを止めるならまだ分かるが、何で船長が辞任を言い出す…。」

岩代「しかも辞める気ないし。」

相原、岩代を見て「ハッキリ言うな。」

春日、溜息ついて「なんだかなー…。困ったもんだねぇ。」

岩代「…そんな状態でも採掘量落とさないんだから、偉いよな皆。以前アンバーが事故起こした時には採掘量ガタ落ちしたのに。」

春日「アンバーも事故ったの?」

岩代「採掘監督が川に落ちて流されて」

春日「ああ、それは聞いた、知ってる。…そういやアンバーが有翼種の船団採掘に参加するとか言ってたな。」

岩代&相原「へぇ。」

相原「誰に聞いたの」

春日「先日たまたまファミレスでカルセドニーの連中に会ってさ。」

岩代「アンバーはイェソドの有翼種とベッタリだねぇ。有翼種って飛ぶんだろ?いつか見てみたい。」

相原「…それで黒船の代わりに他船を出すとか言い出したのかな、管理が。」

岩代「あー。これ以上、有翼種と関わらせたくないから。…黒船とアンバーを牽制する為に。」

相原「んでもレッドに牽制できるかねぇ。」

岩代「せめてサイタンが復活すればなぁ。」

相原「一番大変なのはクォーツで、あいつ涼しい顔してるけど、船長からの重圧凄いと思うんだよ。」

春日「分かる。それは凄い感じる。あいつ、よく文句も言わず黙って探知してるよなぁ…。…管理とか船長の思惑は置いといて、皆をイェソド行かせてやりたいねぇ…。」

相原「そうだなぁ。なにせ人間連中はこんなサボってばっかりだしなー。」

春日「人工種ってエライよなー。愚痴も言わずにキチンと仕事してさぁ。」

相原「エライよなー!」

そこへ船内スピーカーからピピーという音が鳴ると、『船長です。相原操縦士、至急ブリッジへ。』という放送が流れる。

相原ビックリして「やっべ!」と言うとバッと機関室を飛び出していく。



その頃、採掘現場では輪太がお腹を空かせてクッタリしながら何とか作業を頑張っていた。

怪力のウィンザー達が大きな塊をコンテナに詰めてどんどん運ぶ中、輪太は普通のシャベルで鉱石の欠片を集めて少しずつコンテナに入れる。

輪太(…僕のコンテナだけ全然進まない…。迷惑かけちゃう)と思った瞬間、輪太のお腹がググゥと空腹の音を立てる。輪太、恥ずかしさで真っ赤になり(…また!もぅー!皆に聞こえたかな…。恥ずかしいぃぃ!)

思わず「はぁ…」と溜息をついてしまい、ハッとする。周囲を見ると、近くにはサボリのサイタンしかいない。採掘監督なのに輪太から少し離れた所に生えている木の根元に座り込んでボケッとしている。

輪太はシャベルを持ち直し、鉱石の欠片をシャベルで搔き集めようとした瞬間、またお腹がググゥと鳴ってしまう。

輪太、思わずお腹を押さえて(恥ずかしい…)と小さく溜息をつきながら、何とか鉱石をコンテナに詰める作業をする。

輪太(…お腹すいた…。でも食べるとお腹ゴロゴロになるし…。でもお腹がすいた…。でも頑張るんだ、お昼になったら駿河さんのブログ見るんだぁ!)

すると突然、輪太の目の前に大きなシャベルが現れると同時に「どけ」という声。

輪太、声の主を見て「…あ…。」

サイタンは輪太を押し退け、シャベルで鉱石を一気にガッと大量に取ってガラガラとコンテナに入れる。

輪太、唖然としたまま「あ、…ありがとうです…。…ごめんなさい…。」

サイタンは黙々と作業をしてあっという間にコンテナを鉱石で満杯にすると、蓋をして「ウィンザー!」とやや離れた所で作業しているウィンザー達の方に怒鳴るとコンテナをガンと叩き「持ってけ!」と言い自分はシャベルを担いで船の方へと歩き出す。入れ替わりに輪太の所にウィンザーが来て、コンテナを担いで船へと運ぶ。

輪太、その様子を黙って見つつ(…怒ったのかな。それとも呆れちゃったのかな…。)暗い顔で俯くと(…僕、もっと皆の役に立てるようになりたい…。)



ブリッジではクォーツが探知を掛けている横で、相原がティーツリーと操船を交代する。

ティーツリーは船長席の南部に「では私は昼食に行きます。」と言ってブリッジを出て行く。

南部、クォーツに「…探知はどんな感じかな。」

クォーツ「この付近はなかなか…。」と言って暫し黙ると「次に行こうと思っていた地域に、ブルーが来てしまったので。」

南部「おや。」

クォーツ「しかもなかなか動きません…別方面を探知します。」

南部「宜しく。」と言い、手元のパソコンのキーを叩いて何かを打ち込む作業を始める。

相原は操縦席でボケッと待機しながら何となくクォーツの様子を伺う。特に焦る訳でもなく無表情に探知を続けるクォーツだが、顔色が少し青白く見える。

クォーツが口を開く「…シトリンがどっちに行こうとしているのか…。それによって次の場所を確定できるので、シトリンが動くまで暫しお待ち下さい。」

相原「つまり混んでるって事ね。」

クォーツ「まぁそうですね。」

相原「…同じ場所で皆で一緒に採ってもいいような」

クォーツ「3隻で採ったらアッという間に無くなりますよ。すぐ次の場所に移動になる。」

相原「そっか。そんな大量にある場所が無いから苦労してんだもんな。」と言い「そういや、アンバーが有翼種の船団採掘に参加するそうで。」

クォーツ「船団採掘?」

相原「こっちも3隻でイェソドに行って船団採掘したらいいような。そしたら探知も楽だしさ。」

そこへ南部が「それはどういう事かな?」

相原「え?」

南部「アンバーの船団採掘とは。」

相原「…良く知らないですけど、なんか有翼種と一緒にやるらしいです。」

南部「誰がそんな事を?」

相原「春日さんが言ってました。なんかカルセドニーと偶然出会ったとかで…。」

南部「ほぅ。それはちょっと興味があるな。」と言うと受話器を取って船内放送で『船長です、春日操縦士、ちょっとブリッジへ来て下さい。』

相原、やや驚いた顔で(…なんか、船長が、食い付いてしまった…。)