第5章 03

数日後。

夕方5時、人気の無い採掘船本部の廊下を剣菱が一人、重い足取りで歩いている。若干不安げな表情をしつつ

(…管理に呼び出しを食らうのは久方ぶりだな。一体どういう用件だろうか…。しかも事務所ではなく会議室とは。)

暫し歩いて『会議室』というプレートの付いた部屋の前に立ち、引き戸を開けて中に入った瞬間、目を疑う。

剣菱(人海戦術かっ!!)

部屋には事務用の長テーブルが合計6つ、コの字型に並べて配置されている。各テーブルの前には椅子が2脚ずつ、その全てに管理や本部の人間が腰掛けていて、つまりは12人がそこに存在…と思いきや、突然背後から声を掛けられて思わずビビる。

背後の管理「船長、中へ。真ん中の席へどうぞ。」

剣菱「…では…」と言いつつ(…真ん中って!アレですか!)

コの字型の、テーブルの無い部分に椅子が一脚。剣菱は背後の管理に急かされるようにそのポツンと一脚だけ置かれた椅子に腰掛ける。12人全員の視線が剣菱を突き刺す。

剣菱(…逃げたい…。おっかねぇぇ!)

剣菱の正面右側の管理が立ち上がると「それでは始めます。…剣菱船長。」

剣菱「…はい。」

管理「有翼種の船団採掘に参加されるそうですね。」

剣菱、思わず目を丸くして「はぁ、まぁ、確定してはいませんが。」と言いつつ(何で知ってるん…。)

管理は溜息をつくと「また我々に何の許可も無く勝手な事を。これ以上、有翼種との関係が悪化したら、一体どう責任を取るつもりです?」

剣菱「悪化はしないと思うのですが。それに…カルセドニーも参加しますので。」

管理「あれは本部所属ではない個人船です。個人船が何をしようと大目に見ますが、アンバーは違う。アンバーの行動は我々に責任がある。」

剣菱(…責任は船長では…)

管理「ともかく詳しく話して頂きます。その船団採掘について。…どのようなものなのか。」

剣菱「…まず船団採掘に参加する為には審査がありまして、合格したら参加できる訳ですが…、審査は有翼種の石屋が認めるレベルの源泉石を指定期間…一週間にどれだけ採れるか」

管理「一週間!その間、イェソド鉱石の採掘はどうするつもりです?」

剣菱「…他船にお任せしようかと。ただ足りないようなら本船も採りますが。」と言いつつ内心(…ヤバイ…)と焦る。

管理「現在、黒船が不調だというのに。しかし源泉石と共に鉱石も採るというなら、まぁ許可しなくもない。ところでその審査には何隻が参加できるんです?」

剣菱「…と言いますと。」

管理「アンバーとカルセドニーの他に何隻が参加できるかと聞いている。」

剣菱「…黒船も参加したいなら出来るでしょう。その他の船は分かりません、有翼種に問い合わせないと。」

管理「どこの世界でも、実力のある船を求めるのは同じはず。仮にもしもシトリンやレッドがアンバーよりも良い成果を出したなら、そちらが合格という事になりますね。」

その言葉に剣菱、耳を疑い唖然として(…なんだって?)

管理「そもそも、その為の審査であるはず。成果さえ出せばいいのだ。」

剣菱、唖然としながらやっと「あ、あの」と声を出すと「それは一体、どういう…。」

管理「ブルー、レッド、シトリンの3隻を有翼種の船団採掘に」

剣菱思わず「なぜ?」

管理「有翼種との関係を深める為です。アンバーや黒船では心配ですので。…何を起こすかわからん。」

剣菱、目を丸くしたまま「…関係…。」と言って言葉を失う。(…マジで言ってんのかこいつら…。)

微妙な沈黙が流れた後、管理が口を開く。「…という訳で、剣菱船長。臨時に3隻を外地に出すのでアンバーにはイェソドまで道案内をして頂き、そして有翼種に3隻の参加交渉をして頂きたい。」

剣菱、呆然としたまま黙る。

管理、語気荒く「聞いているのか!」

剣菱「あ、…し、しかし。」と言い、混乱した頭で必死に「…その、例えば…。もし、有翼種に断られたら」

管理「その時は源泉石採掘を禁じます。」

剣菱「は?」

管理「ジャスパー所属の採掘船の本来の仕事はイェソド鉱石採掘。それ以外の鉱石の採掘は認めない。カルセドニーは個人船だから制限は出来ないが、他船に悪影響を与える行動をする場合には、厳重注意しねばならん。」

剣菱「…。」

再び沈黙の時間が流れる。

剣菱(…何が目的なんだ、管理の真意は!何を企んでこんな事を…わからん!…ここをどうやって切り抜けるか…。)

すると一番左端に座っていた管理が静かな声で「…断ってもいいんですよ船長。我々はアンバーには期待しません。」

剣菱「…どういう事でしょうか。」

管理「アンバーがダメなら黒船にお願いします。」と言いにっこりと微笑む。

思わず悪寒を感じる剣菱。(…こいつら、人工種には容赦しない…。) そこで意を決して「分かりました、本船がその役目を」

管理「黒船の意見も聞きましょう!」

剣菱、負けじと「いやアンバーが」

管理「黒船の反応が見たいんですよ。今、丁度、戻って来たようですし。」

剣菱「えっ。」(…最初からそのつもりで…)

管理「では。」と言い立ち上がる。続いて数人の管理が席を立って戸口へ歩き始める。

剣菱「待って下さい!」と立ち上がりかけるが

ずっと背後に立っていた管理が剣菱を押し留めて「貴方にはまだ用事があります。」

剣菱「何の用事が」

管理「ここで待機して頂くという用事が。あまり無茶をされると黒船の船長にご迷惑がかかりますよ?」

剣菱(…くっそ…。)と苦々しい顔をしつつ(…しかし一体なぜ管理があの事を知っている。ウチのメンバーの誰かが話しているのを管理が耳にしたのか?…別に隠すような事じゃ無いが、まさかこんな事態になるとは…。)



本部に戻って来た黒船は駐機場に着陸すると、タラップを降ろして荷下ろしの作業を始める。

ブリッジでは操縦席のアメジストが「エンジン停止確認。」と言うと、うーんと伸びをして「終わった!」

総司、船長席のパソコンで入力作業をしつつ「お疲れさん。」

アメジスト「隣にアンバー停まってるけど誰か居るのかな。もう帰っちゃったかな。」

総司、キーを打つ手を止めて「何か用事があるのか。」

アメジスト「いいえ。なんとなくです。」と言うと「…船長が気にしてるみたいだから。」

その言葉に総司ちょっと曇り顔になると「…まぁ。あまり他船に会いたくないので。」

そこへトゥルルルと電話がかかってくる。総司は傍らの電話の受話器を取ると「はい黒船の総司です。…作業終了は…あと20分程で終わると思いますが。…えっ。…18時にB会議室ですね。了解しました。」と言って受話器を置き「また管理から呼び出しを食らいました。」

アメジスト「えっ。どうして?」

総司「特に何かした覚えは無いけどな。まぁいい…いつもの事だ。」と溜息をつくと「もう何だかんだ言われるのも慣れて来た。船長ってのはそういうもんだ。」

アメジスト「…そうかな…。」

総司「じゃあ早めに船内を締めるか。」と言い受話器を取って船内放送のボタンを押すと「船長です。10分後に運航クルーの終礼するのでブリッジへ。」受話器を置いて時計を見つつ「採掘メンバーの終礼が20分後からで、その後、俺は18時に管理さんの所だから皆にはとっとと船から降りてもらおう。」と言い溜息をつくと「俺は今日は何時に帰宅できるのかな。」

アメジスト「…。」心配げに総司を見る。

総司「…管理様のご機嫌次第だな。」



それから数時間後。

街灯の明かりに照らされた、人気の疎らな狭い路地を、憔悴した様子の虚ろな目をした総司がスーツケースを引っ張りながら、トボトボと自宅マンションに向かって歩いている。

(…人工種って人間よりタフに作られてるらしいが、流石に2時間以上拘束されて意味わからん事を多々言われたら、倒れるぞ…。あいつら一体何がどうなって有翼種に興味持った…。)

本部での出来事が脳裏に蘇る。狭い会議室、総司だけが一人、椅子に座らされている。それを立ったまま取り囲む数人の管理たち。


『…船団採掘について知らないとは。アンバーが知っているのになぜ黒船が知らないんだ。』

『他の船もイェソドに行かせようかと思ってね。黒船は調子が悪いだろう?』


管理の言葉を思い出しつつ、総司は溜息をつき(…誰のせいで調子を悪くしたと…。)

やっとマンションに到着すると、エントランスに入りエレベーターに乗り込む。

再び管理の言葉が脳内に蘇る。


『その制服は人間用なんだよ。せっかく人工種用の制服をわざわざ作ってやったのに、何で着ないんだ。』

『皆が懇願したから仕方なく船長にしてやっているのに。少しは我々に感謝があってもいいんじゃないか?』


ふと気が付くと、エレベーターの扉が開いている。慌てて扉が閉まらぬよう抑えつつエレベーターを降りて自分の部屋へ。玄関の鍵を開けて中に入り、電気を点け靴を脱いでスーツケースをその場に置くと、短い廊下を歩いて突き当りのドアを開けて部屋に入って電気を点ける。8畳ほどのワンルーム。

カーテンの閉まった窓際の、右側に置かれたベッドに近づくと、その上にバタリと倒れ伏す。

深く長い溜息をついて「ここぞとばかりにイジメやがって…」


『他船をイェソドに連れて行けば皆に喜ばれるのに、何で分からないのかなぁ…こっちも疲れるよ。』

『もうこんな時間だよ?…君が強情だから我々も帰るのが遅くなる。』

『全く、人工種の船長は手が掛かるなぁ。黒船のメンバー達も疲れるだろうね。』

『我々の役に立てば皆に素晴らしい船長だと称賛されるのに。わからん奴だな。』


(…管理に支配された船を、なぜイェソドに連れて行かねばならん…。しかし拒み続ければ次に何をされるのか、正直、…怖い…。) 再び、はぁ…と深い溜息をつくと(…どうしたらいい、一体どうしたらいいんだ…どうしたら…。)と頭を抱えて悶える。

疲れて朦朧とした頭で(…誰か、助け…、…ダメだ…頼っては…。自力で、立ちたい…。人工種の黒船船長として…。)

涙が滲む目を閉じて、駿河の事を思い浮かべて(…こんな時、あの人なら、どうするんだろう…。)



『もっと気楽に考えろよ。』



…気づくとそこは黒船のブリッジ。総司は操縦席に座って操船をしている。その隣に誰かが立っている。

総司は『…船長。』と言い、隣に立つ駿河を見る。

駿河は総司に向かって微笑み、『お前の苦しみは俺がよく分かってるから。大丈夫だ。』


ハッ、と目を覚ます総司。(…夢…。…あの頃は、本当に楽しかった…。辛い事もあったけど、今にしてみれば本当に幸せな時間だった…)目から涙が溢れる。


『お前の苦しみは俺がよく分かってるから。』


(…そう、あの人は。あの人だけは、俺の、苦しみを…。)涙がどんどん溢れ出て来る。


堪らずそのまま声を押し殺して号泣する。


(…わかってくれる…。)


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