第8章 03

その頃、レッドコーラルの船長室では。

既に手首の縄を解かれた南部がベッドサイドに腰掛けて深くうな垂れたまま、微動だにしない。開け放たれた船長室のドアの所にはカイトが床に座り込んで、本を読みつつウトウトしている。ついにカイトの膝上に置いた本が、手の支えを失ってバサッと床に落ちる。その音にカイトは目を覚ましてファァと欠伸をする。眠たげに目をこすっていると、「眠いなら寝たらどうだ。」と声。

カイトは南部を見て「交代が、まだ。」

南部「私は別に何もしない。」

カイト「でも何かあると困りますので。」と言ったと同時にカイトのお腹がググゥと空腹音を立てる。カイトは若干きまり悪そうに「…何か聞こえましたか。」

その言葉に南部、思わずクッと一瞬笑って「聞こえなかった。」

そこへタタタと誰かが走って来る足音が聞こえると、輪太が現れて「ただいま!カイトさん、交代です。」

カイト「おかえりー。」と立ち上がる。

輪太、ふと本を見て「何を読んでたんですか?」

カイト「あんまり面白くない推理小説。…お腹すいた、パンを食わねば!」

輪太「あっ、パン好き魂が!」

カイト、大きく頷いて「私にパンを!何か菓子パンをー!」と言って通路を小走りに去って行く。

輪太は船長室に入るとドアを閉めて、横の壁にもたれ掛かりつつ床に座り込む。

南部「…ドア、開けたままでもいいよ。」

輪太「え。どうして」

南部「閉めていると息が詰まりそうだと、カイト君が。」

輪太「僕は大丈夫ですけど、船長はどっちがいいですか。」

南部「…どっちでも。」

輪太はポーチからスマホを取り出すと、駿河に貰った有翼種や妖精の写真を楽し気に見始める。

南部、何となく「…何を見ているんだ。」

輪太「妖精さんの写真です!…見ますか?」

南部「いや、いい。」と言い、俯き、ボーッと何かを考え始める(…妖精か…。)。

ふと、春日に言われた言葉が脳裏に蘇る。

 春日『貴方個人は、イェソドに行きたいんですか?』

南部(…わからん。…私は…。…私は、ただ、皆の望む事を…。)

 春日『違うなぁ、レッドの為じゃない。』

南部(…いや、だって、…管理に従うのがレッドの為では…。管理の望む…)

そこでふと、輪太を見る。

 輪太『あの人は僕を、管理に認められるような人工種にしたいって、それだけしかなかったから。』

南部(…。)

皆の言葉が更に脳裏に響き渡る。

 輪太『僕という存在は、居ないのと同じだったから。』

 ウィンザー『どうして船長は、管理の事しか見てくれないんでしょうか。』

 サイタン『言っただろ、コイツには話が通じねぇって。』

南部は深くうな垂れ頭を抱えて(…私は、…私なりに皆の事を大切にしてきたんだ…!)

突然、輪太が「あんまり悩んじゃダメです、船長。」

南部「えっ。」と顔を上げ輪太を見る。

輪太、微笑みつつ「レッドの皆は船長に酷い事しません!」と言うと再び楽し気にスマホで妖精の写真を見る。

南部「…。」怪訝そうな顔で輪太を見たまま(…そうかもしれんが)と思った瞬間、ハッと何かに気づいて目を見開く。

(…なぜ、輪太達は、管理を恐れていないのか…!人工種なのに、あの管理の銃撃を見た筈なのに、なぜ、彼らは管理の処罰を恐れていない?!)

南部、輪太に「…君は、管理の処罰が怖くないのか…?」

すると輪太、一瞬キョトンとしてからビックリしたような顔で南部を見て「…そういえば…。」と言い、自分の首に着いているタグリングを触って「こんなの付いてましたね。」

南部ちょっと唖然として「そ、そうだな。」

輪太「忘れてました!」と笑う。

南部「…。」呆然と輪太を見つめる。そこで春日の言葉を思い出す。


 『管理に処罰される事を壮絶に恐れているから』


南部(…私、が…。…なぜ…。なぜだ…。)

再び俯き、真剣な顔で考え始める。(なぜ、どうして、…なぜ私はこんなに管理を恐れてしまったんだ…!)



夕方近く。

カルセドニーでは綱紀が探知の練習を続けている。目を閉じて真剣に何かに集中している綱紀。

カルロス「いい感じになってきた。上達が速いぞ。…自分は失敗作っていう思い込みが外れたからだな。」

そこへ駿河がやって来ると「そろそろ夕方になるけど、黒船いつ戻るかねぇ。」

カルロス「…まだ黒船に動きは無い。護たちがケセドの街の中に居るから多分、何かを待ってるとか…。」

綱紀、目を閉じたまま「あの…。」

カルロス「ん?」

綱紀「俺、いつか有翼種に、この能力の使い方を教わりたいんですが、その為には源泉石採掘が出来なければダメですか。」

駿河「そんな事は無い。」

カルロス「君の熱意次第だ。どうしても教わりたいので有翼種を紹介してくれと言うなら何とかするし。」

綱紀「そ、そうなんですか…。」

カルロス「今すぐ何が何でも教わりたいっていうならシトリンから逃亡してイェソドまで走れ。」

駿河、苦笑して「って貴方…。」

綱紀「でも俺はカルロスさんと違って正確に探知できないから」

カルロス「大丈夫だ。私なんぞ雲海で迷って倒れてたら妖精に助けられた。」

綱紀「えっ?!…迷った?」と思わず目を開けてカルロスを見る。

駿河「死ぬとこだった…。」

カルロス「うん。…だから全ては熱意、自分がどうしたいかなんだよ。あの時、まさか後に自分がこんな船持って駿河船長と一緒に飛び回るとか全く想像もしなかったし。」

綱紀、唖然としてカルロスを見たまま「はぁ。」と呟く

カルロス、綱紀を指差し「…まぁ今は、せっかくの機会なんで源泉石採掘を楽しんだらいいんじゃないかな。有翼種に教わるのは決意が固まった時でいいから。」

綱紀「…楽しむんですか?」

カルロス「うん。」

駿河「そもそも有翼種達にとっては大死然採掘や選考採掘は、年に一度のお祭りみたいな感じだし。」

綱紀「…なんか俺…。」と言うと、「カルロスさんが、想像と全然違ってて」

途端にカルロスが笑って「どんな奴だと思ってたんだ!」

綱紀「凄い人だから絶対俺の事を蔑むと思ってました。」

カルロス「…もし蔑まれたら私の事を見限ればいいんだ。」

綱紀「えっ?」

カルロス「相手がどんだけ才能があろうが、人を見下すような奴に従う事はないだろう?」

綱紀、衝撃を受けたように呆然として「…はい。」と言うと、何か大きく腑に落ちたように「…本当に、そうですね!」

カルロス「とか言ってて私は昔、ティム船長に従っていたが…。」

駿河「俺も…。」

カルロス「まぁ人生色々失敗したり反省したりして成長していくんだな。」

駿河、頷いて「うむ。」と言って綱紀に「必死に頑張る人を見下すような奴の言葉は右から左にスルーだ。」

綱紀、笑って「はい!」

カルロス「あ、そういやシトリンの夕飯開始は何時だ。」

綱紀「いつもは18時からですが。」

カルロス「なら18時になったらシトリンに返そう。」

駿河「さて、じゃあ俺はメシを作ろう。シンプルに味噌汁とメシで!」

綱紀「え。船長がご飯作るんですか?」

カルロス「私も作るぞ。なにせ3人だけの船だ。」

綱紀「あ、そうか。」

駿河は冷蔵庫を開けて中を見ながら「今日は管理の邪魔のせいで買い物に行けなかったから適当に…。」

ふと、カルロスが「待てよ。もしかして護は黒船で食ってくるとか?」

駿河もハッとして「かもしれない!護さんの分をどうしよう。」

カルロス「まぁおにぎり作っとけ…いやまて!いやおにぎりは作っていいんだが。」

駿河「どっちですか。」

カルロス「なんか来る。あー…レトラさんの船だ。3隻こっちに出発したからあと20分位で来る、のでメシ作りは少し待て。他船に有翼種が来ると連絡を。」

駿河「了解ですが…今からか…。まぁハラ減ったら護さんのお菓子を勝手に食おう。」

カルロス「あいつ怒るぞ…。」



しばらくして採掘船一同が待機している遺跡の広場の近くに有翼種の3隻の船が着陸すると、中からレトラを先頭に警備の人々が出て来る。それを見た3隻のメンバー達にどよめきが起こる。

ジュニパー「羽根よ羽根!ホントに背負ってる!」

ターナー「いや背負ってるんじゃなくて付いてるんだ…。」

ざわめく一同を背後に、駿河とカルロスが前に進み出て「お久しぶりです、レトラさん。」

レトラ「黒船から事情を聞いて、そちらにも色々あったのは分かりましたが、いきなり3隻増えるとは…。」

駿河「ご迷惑お掛けします。ちなみに黒船は?」

レトラ「今、大死然採掘の選考について話をしているので、ここに戻るのが何時になるかは分かりません。ともかく協議した結果、3隻のエントリーは受理されました。」

駿河「おお。」

レトラ「なので今から3隻の乗員全員の仮登録をします。それで3隻は選考期間になったら、ケセドの石置き場までは入る事が出来ますが街の中はダメです。本登録と身分証明書は選考に合格した船に発行する事にしたので。」

駿河「なるほど。」

レトラ「でもどうしてもケセドの街に入りたいとかカナンさんの家に行きたいとか何かあれば、後日に身分証明を作りますが今はダメです。選考後に申請して下さい。…今はとにかく選考が始まるので多忙なんですよ。不正防止の監視をしなくてはならないので。」

駿河「不正防止?」

レトラ「例えば選考期間外に源泉石をこっそり採って貯めとくとか。今、エントリー期間が一番危ないんです。」

駿河「なーるほど!」

レトラ「あとは探知しといて目印付けとくとかね…。特に等級8の石柱は皆が狙うので。これ、早い者勝ちですから。最初に手を着けた船に採掘権が行くので。…ともかく今から各船の乗員の仮登録をします。えーと。」と言い3隻のメンバーを見て「青い船の人は左の警備官の前へ、赤い船の人は私の前へ、黄色の船の人は右の警備官の前へ並んでください。」

一同は警備官の持つ石板のような端末にそれぞれ手をかざして登録をする。メンバー達は物珍し気に有翼種達を見て雑談しながらも登録作業はスムーズに終わり、有翼種の警備達はそれぞれの船の中に戻る。

レトラは駿河達に「繰り返しますが皆さんは仮登録なので選考期間までイェソドに近づいてはダメです。」と言い「では我々はこれで失礼します。」と言って踵を返した瞬間また振り向いて「…っと、言い忘れた。仮登録は特に証明書のような書類を発行しませんが、こちらでは誰が誰だかわかるのでコッソリ街に入るとかダメですよ。」

駿河「はい。」

レトラ「信頼しない訳じゃないんですが、なにせあなた方は突然来るので一応。それでは…」と言って再び踵を返して船へと戻る。

駿河「まあわかります…。」と言い「お疲れ様でーす。」とレトラを見送る。

カルロス「突然来るし人数増えるしな。」

駿河「向こうも大変だ。」と言いつつ有翼種の船が飛び去るのを見送ると「さてと。」と言って3隻のメンバーの方を向いて「皆さん、黒船が戻るまで、またご自由に!」

そこへ武藤が「駿河。夕飯どうした?」

駿河「これから作ります!」

武藤「何を作るん?」

駿河「メシと味噌汁。」

武藤「…さっき燃料の鉱石を沢山分けてもらったお礼にウチの船で夕飯ご馳走するわ。カルロスさんもどうぞ。」

カルロス「いいんですか。」

武藤「うん。」

するとそこへジュニパーが「待って!綱紀ちゃんにスパルタしてくれたお礼にカルちゃんはシトリンでご飯を」

その途端カルロスが「ブルーアゲートでご馳走になります!」