第11章 02
ブルーアゲートの採掘準備室では、タラップ側を遮るように一列に並んだ管理達と向き合うようにブルーメンバー達が並び、何かを待っている。そこへ階段室から武藤が焦ったように走り出て来ると、息を切らしてメンバー達の前に立ち、管理と向き合う。
武藤「な、何事でしょうか?」
管理の中の一人が武藤の前に歩み出て「船長。これからどこへ?」
武藤「…採掘へ。」
管理「どこへ、と聞いた。」
武藤「…採掘が出来る所へ。」
管理、一歩前に出ると「貴様、ふざけてるのか?」
武藤「…いや、だって、探知して初めて採掘が出来る場所が分かる訳で」
管理「イェソド鉱石の、採掘だろうな?」
武藤「…先日、5隻で相当採ってきましたが。」
管理「前に、源泉石とイェソド鉱石どっちも採れと言った筈だ。鉱石を採らんのなら行かせる訳にはいかない。」
武藤「それはなぜ。」
管理「人工種は採掘の為の存在。この採掘船はその為のもの。」
武藤「…。」ちょっと黙ってから「…で…、つまり何がお望みなんです?」
管理「イェソドに源泉石を採りに行く事は許さん。」
武藤「では何をしろと?」
管理「内地で採掘だ。」
武藤「…イェソドで鉱石も採って来るから源泉石採掘もさせてくれませんか。」
管理「イェソドに行く事は許さない。」
その言葉に、武藤は暫らく無言で管理を見ていたが、やがて溜息をつくと「…なんかもう俺、疲れたわ。アンタら何がどうでも人工種を自分らの手の内にしときたいのね…。なんで?」
管理「それは君の事だろう。我々は人工種を守りたいだけだ、有翼種から。」
武藤「どういう事ですか。」
管理「有翼種は危険な存在だ。過去に人間と有翼種の間に何があったか、君は歴史を知らないから」
武藤「人工種を守る為にカルセドニーに銃撃したと?」
管理「あれは威嚇だ。」
武藤「駿河が羨ましいから?」
管理「…なに?」
武藤「本当に守りたいなら駿河みたいに身体を張れ。」
管理「何を言ってるのかわからんが」
武藤「とにかくウチの船、源泉石採掘に参加するって有翼種と約束してきたから時間守らんと!…スマンけど行かせて頂きます!」
管理「では君には船を降りてもらおう。」
武藤「ええけど源泉石採掘だけはさせてくれ、1週間だけ船長にしといてくれたらその後に船、降りるから!」
途端に満が「ま、待って下さい!」
武藤「待たんわ!」
満「ダメです!貴方が船を降りるなんて許さん!」
武藤、管理に「とりあえず俺が船を降りるって事で1週間だけイェソドに行かせて下さい。」
満「そんな条件は許さん!」
礼一「ダメです船長、今まで何回も降りる降りるって言ってても、何だかんだでここまで頑張って来たのに!」
武藤「…この採掘監督のスパルタきっつかったしなー」
アッシュ「そのスパルタに耐えてここまで来たんじゃありませんか!」
明日香「そうよ、せっかく船長になったのに!」
武藤「アカンて!今度こそ降りーる!そうでないとイェソド行けんし!」
管理「…分かった。君が船を降りるならば、源泉石採掘を許可しよう。」
一同「えええ!」
武藤「話が早くて助かるわー。」
管理「では1週間後にまた。」と言って踵を返す。
満「お待ち下さい!」と絶叫して「イェソドには行きませんので船長を降ろさずこのままで…!」
管理「君達の行動次第だ。実際の行動で証明してもらおう。」
満「…。」
管理一同、ゾロゾロとタラップを降りて行く。
礼一、武藤に「…船長は、本当にブルーから降りたいんですか…?」
武藤、溜息をついて「…管理様とお付き合いするのが疲れたわい。事務所で小言とか…。」
満はやや憔悴した様子で武藤に近寄ると「ならば…、尚更、源泉石採掘には行かず、貴方に負担を掛けないようにしたい…。」と武藤の肩を掴んで項垂れる。
武藤「…。」暫し満を見てから「…黒船に連絡せんとなー…。行けなくなったって…。」
そこへ突然、採掘準備室に備え付けられた船内電話がリリリリとコール音を発して一同思わずビクッとする。
たまたま電話の近くに立っていた八剣が、訝し気に「…緊急コール…?」と言いつつ受話器を取って「はいブルー…、あっ剣菱船長。」
剣菱『ブリッジ無人で誰も出ないから緊急電話を使った。状況は?』
八剣「…状況は…。」と言って口籠り、武藤を見て「あまり芳しくはありません…。」
武藤は溜息ついて電話の方に歩きかける。
しかし満がそれを制してバッと電話の所に走り寄ると、八剣から受話器を奪って「代わりました、満です。大変申し訳ないが、ブルーは出航出来ません。」
剣菱『なぜ』
満「…理由は…。」と言って口籠ると「…それは我が船の問題、皆様方にはご迷惑をかけて大変申し訳ない。」
剣菱『理由を教えてくれ、満さん。…誤魔化すなど貴方らしくも無い。』
満は「だが」と言って一瞬、何かを言い掛けたが思案して、それから「…言えん…。」
剣菱『…管理に何を言われたんだ。…あー、ちょっと穣に代わります。』
すると突然、受話器の向こうから『やぁ満、どーした?』
満「…貴様に言う事は無い。」
穣『独りで何を抱え込んでんだよ。管理に何か脅されたんだろ。多分、船長を降ろすとか?…あいつらの言う事は大体決まってる。』
満「…。」
穣『…で、アンタ、どうしたいんだよ。』
満「…私は。」と言うと、暫し悩んでから、絞り出すように「…貴様に私の苦しみが分かるか…!」
穣『まぁな。俺の苦しみもアンタに全く理解されなかったしな。ただ俺はアンタに自由に生きて欲しいと思ってるよ。』
満「なに?!」と驚く。
穣『だって俺、護が自由になって救われたもん。アンタが自由になったら、もっと幸せだなーって。』
満、受話器を持ったまま呆然として立ち尽くす。
穣『…人生何がどうなるやらでさ、俺、護が川に落ちた時に絶望したけど、あれが無かったら今の護は無い訳で。だから、自分が本当に望むようにしたらいいと思う。何がどうなっても、やりたい事してたら悔いはねぇし。』
満「…。」若干、目に涙が滲む。「…だが、…行けんのだ…。」掠れた声で、絞り出す。
穣『了解。でもさ、一週間あるし。行きたくなったら連絡くれ。じゃあな。』と言って通信が切れる。
満は受話器を置くと、一同の方に背を向けたまま「行けんと断った。…申し訳ない。」と言うと、バッと階段室の方へ走り出し、そしてその中に姿を消す。
一方、レッドの春日は黒船と緊急電話で通信をしていた。
総司『…貴方が船長ですか?! …まぁ、ただの三等じゃないなとは思ってましたが船長経験者だったとは。』
春日「1年だけなんで、駿河船長より経験年数少ないよ。だから本当は三等不在だと出航できないんだけど管理の船付きで特別に出すからイェソド鉱石を採れと。」
総司『うーん…。』
春日「しかし南部船長どうなったんだ…。何はともあれレッドは源泉石採掘に行けなくなりました。」
総司『了解しました…。』と言って溜息をつくと『ちなみにシトリンも何やら色々脅されて行けなくなったと。』
春日「あらま。ブルーは?」
総司『今、剣菱船長が状況を聞いてます。…とにかく仕方が無いので、黒船とアンバーは先に行きますね。』
21時。黒船とアンバーは駐機場から飛び立ち、イェソドに向かって夜空を飛んでいく。
黒船のブリッジの船長席にはネイビーが座っていて、その隣に総司が立っている。
総司、溜息交じりに「…イェソドで、選考委員の方に3隻が来ない理由、何て言えばいいかな…。」
ネイビー「んー…。」暫く考えてから「正直に言った方がいいんじゃない?」
総司「だけど、管理の人間に阻まれたと言うと、人間種族に対するイメージが悪くなって、駿河さんに迷惑が。」
ネイビー「じゃあエンジントラブルで、とか誤魔化す?後々に嘘ってバレたら、それこそ信用が。」
総司「そうだよなぁ。」
ネイビー「確かにあんまり言いたくないけどね…。」
総司「正直に言うしかないか…。」と言って「じゃあ俺は寝ますんで。皆さん宜しく。」
ネイビー「ごゆっくり」
操縦席のアメジスト「おやすみなさーい!」
上総「おやすみなさい、ボス。」
ブリッジから出ようとした総司、「なんだって?」と上総のほうを見て「真のラスボス船長はレッドの南部船長だからな、俺はまだまだ雑魚。」と言ってブリッジから出て行く。
駐機場に残された3隻。
レッドの採掘準備室ではサイタンが荒れていた。「あのクソ船長、どこまで俺達の邪魔する気だよ、ふざけんな!」
ティーツリー「絶対来て下さいと言ったのに…。」
岩代「こういう状況になって、あの人、そのうち来るのかね、船に。」
相原「いやー…。もし来たら、あの監督が。」
サイタン、物凄い形相で「ブッ、殺、す!」
ウィンザー「じゃあもう来ないのかなぁ…。」
春日「あの人、管理に利用されてんのか、管理に心酔した手下なのか、どっちなんだ…。」と言い「マジでラスボス船長だよな…。」
岩代「締め方が甘かったなぁ。監禁した時に、もっとギュッと締めとけば良かった。」
サイタン「ワイヤーでグルグル巻いとけば良かったんだよ!」
ウィンザー「ところで皆さん、明日は採掘するの?」
サイタン「俺は寝る!採掘したい奴は勝手にしてろ!」と言い怒り心頭の荒い足取りで階段室へと歩いて行く。
クラリセージ「…明日の採掘は、管理が一緒とか。」
春日「ずーっと監視するのかな。」
ウィンザー、溜息ついて「適当にしますか…。」
シトリンでは、食堂に楓と数人のメンバー達が集って沈んだ顔でお茶を飲みつつ話をしている。
楓は湯呑を持ちお茶を一口飲んで、はぁ…と溜息をつくと「…あの時、『イェソドに行きます』って私が管理にハッキリ言っちゃったのがまずかったわ…。」
陸「んでもそれ…仕方がないですよ…。」
ジュニパー「そうよ。だって他に何て言えばいいの?」
楓「…なんかこう、他船に巻き添え食らって仕方なく行った感じだったら」
ジュニパー「それ主体性が無いじゃない。」
楓「でも管理を誤魔化す為に嘘も方便で、言い方を考えればこんなに責められなくて済んだかなって。」
コルド「だってなんか『管理にキチンと確認もせずに勝手にイェソド行きを決めた』とか散々言われたしな。」
ジュニパー「そしたら船長の役目って何なのかしら。」
楓「どうせ私はダメダメ船長よ。判断が甘いし確認が足りんし深読みしないし考えが浅いし女性だし先代の剣師明の娘で甘やかされて育ったし…あと何だったかな。」
ジュニパー「何かしらね。とりあえずそんな奴が源泉石採掘とか、バカ言ってんじゃねぇみたいな?」
楓「で、黙ってイェソド鉱石採掘しないと黒船とアンバーに迷惑がかかるぞと。」
陸「まぁそういう脅しな訳ですが。」
ジュニパー「威嚇射撃よね。」
コルド「…『言う事聞かないと船長を降ろすぞ』っていう脅しは、ウチの船には使いづらいからなぁ。」
楓は湯呑を握り締めて「親の力がねー!ウチの実家、本家がデカイんでー!でももし管理に反抗して、マジで管理が黒船に何かしたらそれこそマズイし!」
陸「…何をするのかワカランのが恐いですよね、管理って。」
楓「だからせめて3隻一緒じゃないと…心細いのよ!」
陸「ですよねぇ…。」
楓はお茶をゴクゴク飲んで湯呑をドンとテーブルに置くと、はぁ…と溜息をついて「剣師なのに…。」と呟く。
陸「ん?」
するとコルドが「ほら、『剣は天地を繋ぐ一本の柱』っていう言葉のさ。」
陸「あぁ。どっかの山に天地を繋ぐ柱みたいなデカイ石柱があるっていう伝説の…つまり信念を持てっていう。」
コルド「そうそう。志を持ち、何があろうと揺らがず信念を貫けーって。」
楓「だから剣は大事なのよ!だから剣のついた名前が多いのよ!…私も『剣師』なのにー!」
陸「それを言うなら俺だって『紫剣』。」
楓「信念貫けない…。」
陸「…仕方ないですって…。」
ジュニパー「…それにしてもレッドの船長、来なかったのねぇ…。」
コルド「やはりラスボスだったか…。」
ブルーの船内は重苦しい雰囲気に包まれている。
各自、それぞれの船室に入って明日の仕事の為に就寝したり、ボケッとしたりゲームをしたりしている。
オンラインゲームが出来る、通称『ゲーム部屋』にはアッシュをはじめ、進一、礼一、クリム、歩が集っていた。進一と礼一がコントローラを持ってRPGのレベル上げ作業をしていて、他のメンバーはボケッとそのモニター画面を見ている。
アッシュがボソッと「…船長、昔、船長になる前は、よく監督に虐められてたなぁ。」
礼一「んで『こんな船、辞めてやる!』って騒ぐのを、俺らがヴァリアス船長と一緒に引き留めるっていう定期イベントがあったな…。」
クリム「でも本当に辞めちゃったら嫌だ。」
歩「…このゲーム部屋を作る時、凄い応援してくれたしな。」
進一「何だかんだ言ってて俺達の味方。監督が俺達に理不尽な事を言うと、助けてくれる。」
アッシュ「でもさ船長も大変だよな…。管理と色々…。」
礼一「でも辞めないでほしい。」
クリム「もし辞めたら多分、監督が壊れる。…監督、大丈夫かなぁ…。」
歩「あんなに落ち込んだ長兄、初めて見た。」
進一「せっかく監督の覇気が戻ったと思ったのに…。暗黒に落ちてしまった…。」
再びレッドコーラル。
既に殆どのメンバーは自分達の船室に入っている。船内の照明の明るさも落とされて、薄暗い。
とある船室のドアが開いてTシャツ姿の輪太が出て来ると、通路を歩いて食堂へ。扉を開けると中の光が外に漏れて、輪太はちょっと眩し気な顔をしつつ食堂の中に入る。誰も居ないと思いきや、配膳カウンターの奥から「輪太君。」という声。見れば春日が調理場に居る。
輪太「春日さん」と言いつつ配膳カウンターから調理場の中の春日を見て「何してるんですか?」
春日「コーヒー飲もうと思って。」その時、コンロにかけてある小さなヤカンが微妙に音を上げ始める。
輪太「僕はココア飲もうと思って来たんです。」
春日「んじゃ水を足そう。」とヤカンをコンロから降ろし、水道の蛇口から少し水を足して再びコンロにかける。
輪太「…コーヒー飲むと、眠れなくなりませんか?」
春日「俺はあんまり関係無いな。飲みたい時に飲む。」
輪太「僕も、何か飲みたくて。」と言いつつお茶のカップが置いてある場所に移動し、カップを一つ取ると近くに置いてある箱を開けて中を見る。インスタントコーヒーや紅茶のティーパック、ティースプーン等が入っている。輪太はそこからココアの袋とスプーンを取り出すとココアの粉末をカップに入れる。その時、ヤカンが再び小さく音を立て始める。
春日「お湯沸いた。」と言ってコンロのスイッチを切り、インスタントコーヒーの粉末が入っている自分のカップにヤカンのお湯を注ぐ。
輪太「僕のもお願いします」とカウンターにカップを置く。春日はそれにもお湯を注ぐ。
春日はヤカンを片付けて、輪太と共にテーブルを挟んで向かい合うように席に着く。
春日「…船長、来なかったなぁ。」
輪太、熱いココアにふーっと息を吹きかけて少し冷ましつつ「…ちょっと悲しいですね。」
春日「なぜ?」
輪太「僕、船長のこと、少し好きでした。」と言うと「でも船長、皆の事、どうでもいいんですね。」
春日「…。」少し黙ってから「…かもな。」
輪太「僕らの苦しみは、船長に届かなかった。」
春日「そうだなぁ…。」と言ってコーヒーを飲むと「あの人も、自分自身に戻れたらいいんだけど。」
輪太「…ちょっと辛いです。捨てられた気がして。」
春日「俺も辛いよ。…なんか過去の自分を見てるみたいで。」
輪太「えっ」
春日「俺もあの船長と似たり寄ったりだった時期がある。…だから、辛い。」
輪太「…」ちょっとビックリした顔で春日を見ながら「…そういえば春日さん…船長も出来るんですね。」
春日「まぁね。昔ちょっとやってたし。…ロクな船長じゃ無かったが。でもさ…」と言ってコーヒーを飲んで一息つくと「人って苦しまないと分からん事ってあるのさ。散々苦しんで内省して、それで学ぶ事が多々ある。良い事ばかりの何事も無い人生は、…まぁそれはそれで、学びもあるんだろうけど。」それから輪太を真っ直ぐ見て「君も、相当苦労したな。」
輪太「えっ。」
春日「芯の強さが見えるから。よほど苦しんで来たんだなって。」
輪太「…。」
春日「まぁでも人生、出来るだけ楽しく生きたいよな。思いっきり、やりたい事して。」
輪太「う、うん…。」と言ってココアを飲む。
春日「あの船長なぁ…。」と言ってコーヒーを飲むと、溜息をついて「どうなるのかねぇ…。」
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