第13章 03

夜7時。

所変わってジャスパーの採掘船本部。駐機場にブルー、レッド、シトリンの3隻が泊まっている。

レッドの船内では、春日が「皆さん、とっとと船から降りて下さいねー!」と叫びつつ、各船室を覗きながら通路を歩いている。各部屋のドアは開け放たれているが、一応中を確認する。

すると船室の中に私服に着替えたウィンザーとクラリセージが残っていた。

春日、二人を指差して「そこ、お帰りの時間ですよ。」

ウィンザー「…なんか帰りたくなくて。」

春日「珍しい。いつもは速攻でお帰りになる方が。」

ウィンザー「だって…、普通なら、船に泊まりで仕事でしょう? 昨日ガッツリ補給してるし今日の採掘量は散々なんだし。」

春日「しかし管理様がとっとと帰れと。」

ウィンザー「…だから帰りたくないんですよ。」

春日、ニヤリと笑って「管理様が、とっとと帰りたいのよ。」

ウィンザー「だからです!」

春日「まぁ、気持ちは分かるんだけど、居残っててもしゃーないから帰ってくれ。」

ウィンザー「…。」

そこへクラリセージがボソッと「明日、休むか。」

ウィンザー「…どっかの船長みたいに?」と言うと「でもそれは…、ちょっと…恐い。人工種は人間と違って、…どんな罰を受けるか。」

クラリセージ「…まぁな。」

春日、溜息ついて「とりあえず今日は帰ってくれ。俺も、ちょっと疲れたんで、帰って休みたい。」

ふと、ウィンザーが春日を見て「このまま春日さんが船長だったらいいのに。」

春日「なんで。」

ウィンザー「…俺、今まで船長に対して、こんな素直に本音言えた事、無かったなって思って。」

クラリセージ「それ、春日さんが船長っていう感じしないからでは?」

ウィンザー「そうかな。」

クラリセージ「でも凄い気楽なのは認める。…とにかく帰るか。」

ウィンザー「帰ろう。」と言って床に置いた大きなバッグを持ち、立ち上がって船室から出る。

クラリセージも自分のバッグを持って船室から出る。

春日は隣の船室の中を覗く。するとクォーツがベッドに腰掛けてスマホを見ていた。

春日「クォーツ君。」

クォーツ、春日を見て「あっ…。」

春日、通路を歩いて行くウィンザーとクラリセージを見送りつつ「お帰りの時間ですよ。」と言い、クォーツに「君も帰ろう。」

クォーツ、困ったように「あの…。」と言って悩むと「どうしようかな…。」

春日「何が。」

クォーツ、思い切ったように「実は、…これなんです。」と言ってスマホの画面を春日に見せる。

春日、それを見て「えっ。」と驚くと、暫しスマホを見て「…んー…。」と顔を顰めて悩み、「ちょっと待った、とりあえず船内見回りして来る。…サイタン、まだ居るだろ?」

クォーツ「えっ。ああ…。」と探知して「居ます、食堂に。」

春日「あぁまた椅子並べて寝てんのね。素直に帰ってくれるかなぁ…。」と言いつつ食堂へ歩いて行く。



一方、ブルーアゲートでは。

とある船室の前に、武藤や歩、アッシュ達が集っている。

武藤、船室のドアを叩いて「監督!アンタが出て来ないと終礼ができーん!頼むぅ、出てきてくれー!」

歩も必死に「長兄、どうしたんですか!何かありましたか!」

武藤「監督ぅぅ!終礼してお家に帰るべー!」と言って引き戸を必死に開けようとするが開かない。

アッシュ「ドアぶっ壊すならお任せを!」

武藤「修理代が発生するからダメだ!…しかしどうやって、何で開かないん…。鍵は開いてんのに。」

礼一「それは監督がドアの前に居るからです!」

アッシュ「ドア抑えてんのか。」

武藤「探知って便利だなー。…監督ぅ!どうしたんだ何があった教えてくれー!」

すると突然、ドアの向こうから「…船長!」という満の声が。

武藤「どーした監督!」

満「今、開けます!離れて下さい!」

武藤「お、おお!」

一同はドアから少し離れる。すると、ゆっくりとドアが開いて満が姿を現す。

武藤が「監督」と言おうとしたその瞬間。

満はバッと武藤の正面に土下座すると「お許し下さい船長!…私は、どうしても源泉石採掘に行きたいのです!ブルーをイェソドへ行かせては頂けませんか…!」と殆ど絶叫に近い声で叫ぶ。

一同、唖然として満を見る「…。」

暫しそのまま、皆びっくりした表情で満を見つめていたが、やおら武藤が「はぁ。」と溜息交じりの言葉を漏らすと安堵したように「元気そうで何よりだー…。」

満は土下座して頭を床に付けたまま「責任は全てこの満に!…貴方に責任が及ぶような事態には絶対に致しません!この私が全責任を!」

武藤、しゃがんで満に「とにかく立ってくれ監督。…びっくりしたわい、もうー…。」

満、やっと上半身を上げて武藤を見ると「…船長!」

武藤「…まぁ俺、船長だから責任は負うけど、とにかくイェソド行くよ、行くから立ってくれ。」

満、やっと立ち上がる。

武藤も立ち上がって満を見ると「で、どうやって行く?」

満「それは…。」と言って黙ると、自信なさげに視線を落として「散々思案したのですが、良案が思い浮かばず…。」

武藤、そんな満を見つめて「…あのな、人が、心の底から望む事に対して本気で真剣に頑張ってるのに、それが失敗したからダメだとか、諦めろとか、そういうのに屈してたら、俺は今ここには居ないんよ。」

満「…。」

武藤、礼一を見て「礼一君、イェソドまで探知出来る?」

礼一「そりゃ無理です。」

武藤「だよな。すると黒船かアンバーが補給に戻って来た時に、付いて行くしかない。」

礼一「なんか3日採って戻るとか言ってたから、戻って来るの明後日かな。」

武藤「んじゃその時にくっ付いて行くかー。もし管理様が何だかんだ言って来たら…、監督。」と言って満を見ると、ビシッと満を指差して「管理撃退はアンタに任せた!」

満「!」

武藤「船長クビとか給料減らすとか何だかんだ脅されても屈してはならーん!ってか逆に脅したれ!」

満「は、はっ!」と言うと「承知した!…が、出来ればレッドを道連れにしたい…。シトリンも一緒であれば完璧かと。」

武藤「んだな。明日ちょっと連絡してみるか。…って思い出したんだけど、管理様にさっさと帰れと言われてたな。」

礼一「あー。」

アッシュ「管理様が、さっさと帰ればいいんでは。」

歩「だよな」

進一「だよなー!」

明日香「だよねー!」

武藤「んだなー!」

突然、礼一が「アッ?」と声を上げて何かに驚くと「レッドに2人しかいない!…船長、レッドに2人しかいません!」

武藤「ど、どうしたん…。探知って突然、謎めいた事を言うよな。」

礼一「つまりですね、今、俺がクォーツにSOS波をブッ飛ばすと、あの2人がブルーに来るかもです!」

武藤「SOS波ってなんだっけ。」

満「あぁ…黒船の探知がやった、アレか。」

礼一「あー!急がないとあの2人が船を降りて…帰っちゃう、すません勝手にしますぅ!」と言うとバンとエネルギーを上げてSOS波を放つ。

一同「!」

武藤「なんだ今の?」

満「これだこれ。」

礼一「やった!クォーツが気づいた!…こっち来い、こっち来ーい!」

アッシュ「…探知ってホントに謎めいた事するなぁ…。」

明日香「事情が分からないと『変な人』よねー」

進一「実際たまに『お前ダイジョブか?』って言いたくなる。」

礼一「うるさーい!あの2人が来たから、下に出迎えに行きます!」と言って通路を走って行く。

武藤、慌てて礼一を追いながら「ちなみに2人って、クォーツと、誰なん…。」


その頃、クォーツと春日は荷物を片手にブルーに向かって駐機場内を走っていた。

やっと船体の下に来ると、タラップを駆け上がりつつ上を見る。礼一や武藤が立っている。

礼一「ようこそブルーへ!」

春日、息を切らして「何かあったのか?」

武藤「…緊急事態は無いけど。」

途端に春日クッタリして「無いのか…。」

クォーツも「何の為のSOS波!」

礼一「とにかく中へ。」と言って2人を採掘準備室に招き入れる。クォーツと春日はタラップを上がって中に入る。

武藤「まぁ管理様に聞かれるとヤバイ話を。」

春日「んー…、レッドは管理様に『とっとと帰れ』と言われてるので、俺はとっとと事務所に行かないと。」

武藤「ブルーも『とっととお帰り』と言われとるが。」

春日「じゃあ事務所ご一緒しようか。」

武藤「事務所もいいけど、源泉石採掘ご一緒しませんかっていう話だー。」

春日「ほぉ。つまりブルーは行く事に決めた?」

武藤「うん。黒船かアンバーが補給で戻ってきた時にくっ付いて行く。」

春日「じゃあレッドも一緒に行こう。」

武藤「って簡単に決めてええんか!」

春日「んー?」と言って「だって俺は別に船長クビになっても船から降ろされても構わないんで。」

武藤「するとあのラスボス船長が」

春日「来たら監禁すりゃーいいんでないの。」と言って溜息ついて「俺な、個人的には人工種が、総力かけて管理に反抗すりゃいいんじゃないかと思ってんのよ。」

武藤「…わかる。」

春日「そこに、人間があまり手出しすると、管理さんが自分らに都合よく誤解しやがるんで。」

武藤「…だから…。」と言って満を見ると「監督!宜しく頼むわ。アンタの想いを貫け!」

満「了解した!」

春日「あとはシトリンかー。」

武藤「あの船は道連れにするしかないんでは。」

春日「だなぁ。シトリンだけ残すと多分、管理に壮絶に洗脳されるから。…まぁそれで苦しんで苦しんで自分の本心に気づくってのもアリかもだけど。」

武藤「荒波に揉まれると強くなるけど、下手するとペシャンコに潰されてしまうー。」

春日「潰されると困るから連れて行こう。…黒船とアンバーが戻るのは恐らく明後日?」

武藤「予定通りならそうなる。多分、夜来て朝出発だと思うんだが。…まぁ、来たら先方に何時に出発するか聞けばええか。」

春日「いや、でも…。…問題は管理様の『とっととお帰り』なんだよ。」

武藤「ああ!」と気づいて「明日も『とっとと帰って明朝8時に出航しやがれ』なんだろかー!」

春日「すると時間合わせができーん」

武藤「待機してると管理様に叱られる」

春日「んでまた管理様が船内に乱入してきてウルセェ事に。」

そこへ礼一が「ならば!」と叫ぶと「俺が総司に何時に出るのか聞きます。」

武藤「え。」

礼一「俺と総司の家は同じ建物の別々の部屋だから!奴が帰って来た所に突撃して」

武藤「家には帰らんと思うんだが…。」

礼一「エッ」

アッシュ「普通に考えて、船内泊で翌朝出航では?…船長だし。」

礼一「じゃあ総司にメールしてやる!テメェ何時に出るんだって」

武藤「もし7時とか言われたらどうするん…。俺、出勤前だし、どうやって3隻全員に連絡する…。」

満「…我らも船に泊まって居ればいいのだ。」

春日「まぁねぇ。」

満「明日の夜は、管理が何を言おうと朝まで船内に留まれば!」

武藤「管理様とのガチバトルが見える…。」

礼一「じゃあ…、こうなったら…」と言うと「総司にゴネればいいんだ、8時まで待てと!」

満「なにぃ?」

礼一「イェソド行きたいから待て、連れてけって!とにかく8時に出ろ、と!」

明日香「もし総司が嫌だとか言ったら江藤メンバー全員で懇願メールしよっか!私と玲於奈(れおな)と進一と礼一の4人で!」

礼一「何にせよ江藤一族にお任せを!」

明日香「打倒、ラスボス総司!」

武藤「倒しちゃイカン。」

春日「…じゃあ、まぁ一応8時出航で源泉石採掘へ行くって事で…。シトリンへの連絡は」

するとクォーツが「シトリンへは俺が連絡します。探知講習会の時に、綱紀さんの家が、俺の家から近いって事を知ったので、今から綱紀さんの家に突撃します。」

春日「おお。」

クォーツ、スマホを取り出して「ちなみに礼一さんの連絡先、良かったら教えてくれませんか。」

礼一「おー!…ってスマホ、船室だった。」

クォーツ「コレに書いてくれれば」と自分のスマホを手渡す。

春日、クォーツを指差して「何かあったら彼を経由して俺に連絡してくれ。…という事で…そろそろ事務所へ…管理さん居ると嫌だなー。」と溜息をつく。

武藤「…あと20分位待っててくれたら事務所ご一緒出来るけど。」

春日「んー…。どうするかな。」

クォーツ、礼一から自分のスマホを受け取って確認すると「俺は、綱紀さんの家に行くので、先に失礼します。」と言ってタラップの方へ歩いて行く。

礼一「おつおつー」

武藤「お疲れさん」
春日「おつかれー」と言うと「俺、疲れたからとっとと事務所行って帰って寝るよ。事務所に管理が居ませんようにー!お願いだー!」

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