第22章 02

翌朝8時半近く。

アンバーの上部甲板ハッチが開くと、私服のマゼンタが出て来る。続いて穣や悠斗たちも続々出て来て甲板に上がる。マゼンタ達は3隻の方を見る。

マゼンタ「向こうから見えるかなぁ…。」

悠斗「3隻側でも甲板に誰かが出てきてくれたら…あっ!レッドの甲板、誰か出て来た!」

マリア「クォーツ王子!」

マゼンタ&悠斗「王子?」

マリア「レッドの探知は王子様なの。ブルーの探知はお坊ちゃま!」

マゼンタ「はぁ」

マリア「あっ、ブルーも出て来た!」

マゼンタは3隻側に向けて茶色いバスタオルを大きく振りつつ「アンバーからの応援、受け取れぇ!」

するとブルーの甲板からアッシュが青いタオルを振りつつ「見送り感謝ああ!」

レッドの甲板ではクォーツの他に輪太やカイトやシェルリンが居て、手を大きく振っている。

穣は背後の黒船の方を見ると「黒船もやれば面白いのに!この前、応援してもらったんだろ、応援返ししてやろーぜ!」

そこへ黒船の甲板ハッチが開いてジェッソや上総達が出て来ると、3隻の方に手を振り始める。

やがて3隻はシトリンから順に上昇を始める。

穣「がんばれー!頼んだぜ鉱石!」

進一「まーかーせーてーおーけー!」

マゼンタ「戦えー!」

アッシュ「いざ戦地へー!出陣じゃああああ」

黒船の甲板で、他船の様子を見ていた上総は「…ブルーってホントにテンション高いよね…。」

レンブラントも笑って「ブルーの癖にな…。」

3隻は上昇し、イェソド鉱石採掘場方面へと飛んでいく。

見送りを終えた穣はアンバーズに「よーし!じゃあ午後1時までフリータイム!速攻で街に行く奴は昼飯食って帰って来い、船内に残る奴は11時になったら皆で昼飯に出るからな。」

一同「はぁーい!」



9時半近く。

市場の向かいの通りを、私服姿の総司が歩いている。指定された石茶カフェを見つけると、中に入って店内を一瞥し、それから注文カウンターで店員と少し話をしつつ何かを注文すると、カウンター脇で暫し待つ。

やがて店員が大き目のマグカップを小さなトレーに乗せてカウンターに出すと、総司はお礼を言ってそのトレーを受け取り、店の一番奥の角の席に行って座る。

それから3分後、駿河が石茶カフェに入って来る。店内を見回して総司を見つけると、注文カウンターで飲み物を買い、暫し待ってマグカップの乗ったトレーを受け取ると、総司の所へやって来る。

駿河「…やぁ。」と言ってテーブルにトレーを置きつつ総司の向かいの席に座る。

総司「どうも。…貴方から誘いを頂くとは、ちょっとビックリしましたが。」

駿河、若干恥ずかし気に笑いつつ「…まぁなんつーか、…こんなの初だもんなぁ。…何飲んでるの?」

総司「石茶です。オススメ石茶を作ってもらいました。」

駿河「ほぉ。俺はいつもの『普通の』カフェオレです。」

総司「人間は大変ですよね、普通のって言わないとダメだから。」

駿河「まぁね。ただ石茶カフェによっては鉱石水じゃないコーヒーや紅茶がある所もある。なんか鉱石水だと味が変わるとかで、味にこだわる人は、普通の水で淹れたのを頼むらしい。」

総司「そうなんですか。」と言って石茶を一口飲むと「美味しい。これを頼んで良かった。」

駿河「今日は船内の全員、街に出たの?」

総司「いや? 残りたい人は残ってますよ。女性陣は全員街に出たけど。なんか服を買いたいとかで、ジュリアさんも皆と一緒に街に出たので船内メンバーは11時になったら皆で外に出て昼を食べる事になってます。とっとと街に出た連中も昼飯食って1時までに帰って来いと。」

駿河「1時出航か。」

総司「いや出航は1時半です。…まぁ、昼を作らないなら昨日買い出しに行かなくても良かったとか、ジュリアさん食材についてちょっと困ってました。」と言って石茶を飲む。

駿河「何せ予定が変則だしな…。しかしジュリアさん凄いよな、殆ど食材を無駄にしない。」

総司「ですよね。冷蔵庫見るといつもキッチリ整理されてるし。」

駿河「まぁ俺はねぇ…カルセドニーになってからメシも作る船長になりましたが、まぁ…。」

総司「どんなもん作ってんですか。」

駿河「…基本的なモンです…。たまに料理の本見て頑張りますけど。料理が一番上手いのはカルさん、次がターさん、護さんで、俺が一番下手…。」

総司「カルロスさんって料理も上手いのか。」

駿河「なんつか、自分が美味いものを食いたいから頑張るみたいな。石茶もそうだけど美味さにこだわるとこある。」

総司「それは分かるな。ちなみに俺は、以前は自分で料理してたけど、船長になってから自宅ではインスタントばっかりに…。」

駿河「そうなのか…。」

総司「そもそも食欲が無くて。」

駿河「…苦労したな…。」

総司「まぁ、でも…。」と言って石茶を飲んで暫し黙ると、ふと駿河に「ちなみに今日は、なぜ俺を?」

駿河「ん?…もうすぐジャスパーに戻るし、余計な世話かもしれんけど励ましたいなと。…なんか総司君と話がしたいなーと思って。」と言って微笑む。

総司「…。」

駿河「しかしブリッジとか船の中で話すのとは感じが変わるなぁやっぱり。」

総司「…確かに、ジャスパーに戻る事を考えると憂鬱な気分にはなります。あの時の貴方も言ってましたね、戻りたくないと。」

駿河「ああ、初めてイェソドに来た時な。…戻ったら、案の定で…。あんだけ怒鳴ったのに総司船長を苦しめるとは…あいつらマジで人の話聞いてねぇな…。」と言い溜息をついて「でも俺、総司は大丈夫だと信じてる。だってお前の本当のパワーを知ってるから。」

総司「貴方に嫉妬しましたからね、昔。…殺したいほど。」

駿河「とはいえ、そんなパワーがあっても、叩かれ続ければ折れそうになる時もあるから…。」

総司「大丈夫です。昨日、良い管理対策を見出しました。…実は昨日、石屋の方から3隻に取引許可が下りまして。」

駿河「何となく聞いた。それで仕事を取りに行ったとか。」

総司「そしたら引く手あまたでビックリしましたよ。本部に行ったら丁度石屋が集まって会議してる所で、人工種に仕事を頼みたいっていう人が多々…。」

駿河「え!…ちょい待ってカルセドニーは…。」

総司「それで仕事の絞り込みで時間食ったんです。」

駿河「なんでだ!俺いつも『何か仕事あったら下さい』って石屋に言ってたのにー!」

総司「とりあえず二つ、仕事を頂いて来ましたよ。時間が遅くなったから、皆への説明はイェソド鉱石採掘の後って事にしてますけど。」

駿河「護さんが聞いたら泣くぞそれ…。…ってか俺の営業努力は!」

総司「んー…。」と考えて「だってカルセドニーは、採るのが護さんだけだし、何よりアッチとコッチで多忙じゃないですか。」

駿河「そりゃ確かに多忙だけど、でもさ新しい仕事が来たら、黒船かアンバーにマルクト石を頼むとか出来る訳で。…だって2隻はイェソドに出てから、鉱石だけ採るのはヒマだろ?」

総司「ええまぁ。マジでやれば1隻で4.5隻分採れる程ですんで。」

駿河「ヒマな人にマルクト石を頼めばカル船は新しい仕事をどんどん開拓出来ると思って営業してたんだよ!」

総司「その努力が今回の源泉石採掘で実ったんですよ。貴方が培った信頼、護さんとカルさんが積み重ねた実績、その上に今回の選考採掘があって、人工種の採掘船に仕事を頼みたい、となった。」

駿河「まぁねぇ…。」と言ってカフェオレを一口飲むと「…なんか選考の最終結果見たら、黒船とアンバーはともかく途中参加した割には3隻が予想よりかなりいい結果を出してたから驚いた。」

総司「だからです。…5隻がイェソドでどれだけ尊重され必要とされているか知ったら管理さん驚きますよね。」

駿河「それを知っているから管理は5隻が有翼種と出会わないように、イェソドに行かないように、外地は危険な所だから出るんじゃないと言っていた訳で。」

総司、ハッとして「なるほど!」と言い「管理が利用する為に、支配できる範疇に閉じ込めていたという事か…!」

駿河、頷いて「うん。5隻が本来の能力に気づけないようにしていた。チマチマと内地で採掘させて。」

総司「なんてこった…!」

駿河、溜息交じりに「だから貴方が管理にブッ叩かれるんだよ。」

総司「え。」

駿河「もし総司君が、黒船のメンバーや他船の船長が呆れるようなヘッポコ黒船船長であれば、人工種であっても管理は叩かない。でも総司君が5隻を纏められるような能力の持ち主だから、潰そうとする。」

総司、思わず「い、いやいや」

駿河「だって現に出来てるし?…まぁ俺が管理の傀儡黒船船長で、総司君が自分の能力に気づかない副長のままであれば、平和だったんだけどね。」

総司「…。」暫し黙って「でも、それだと貴方が不満でしょう。」

駿河「総司君もな?」と言い「…まぁ、散々叩かれるという事は、それだけ驚異のパワーがあるって事だ。」

総司、微妙な顔で「…うーん…。」と腕組みする。

駿河「管理にとっては自分達が5隻を思い通りに出来ない事が恐い。貴方が管理に屈せず頑張る姿を見て皆の意識が変わる、それは管理にとっては不都合な変化。」

総司「…。」神妙な顔で駿河を見つつ(…なんか、『船長』と話してるような…。)

駿河「…皆が自分の本当の力を自覚し、活かし、磨いて行ったら、管理なんか関係無くなる。…管理を何とかしようとするより、自分の能力を活かす方が大事。…俺は、黒船を出てカルセドニーに乗ってから、つくづくそれを実感する。」と言うと総司を見て「カナンさんの店でお茶会した時にさ、カナンさんが『まず自分が幸せになる事』って言っただろ。あれは本当だった。…自分の夢に向かう事は何より大事。」

総司「…うん。」

駿河、店の壁に掛けられた時計を見て「ちなみに11時半頃になったら一緒に昼飯を食いに行こう。んで駐機場に戻った時、ちと一緒にウチの船に来てくれ、借りた制服返すから。」

総司「了解です。」



その頃、イェソド山麓の鉱石採掘場で採掘している3隻は。

鉱石層の壁に向かって左からシトリン、ブルー、レッドの順に場所を取って採掘をしている。

アッシュ、ツルハシを振り上げつつ「ホント凄いなここのイェソド鉱石。」と言って鉱石層をガンと叩くと「キラキラぶりがハンパねぇ!」

進一は崩した鉱石をシャベルでコンテナに入れつつ「こんなすげー鉱石がこんな大量にあるなんて、反則すぎる!」

アッシュ「内地で苦労して鉱石採掘してた俺らって一体!」

進一「管理のバカあぁ!皆でここで採掘したら凄い楽じゃんかー!」

そこへ満が「お前達、もっと静かに作業出来んのか!」

すると左隣で作業していた陸が呆れたように「ほんと元気ですよねぇ…。」

ブルーの右隣のレッドからもサイタンが「おめぇらマジでテンション高ぇな、ブルーの癖に!」

アッシュ「だってこの鉱石凄いじゃないですか…。黒船とアンバー、こんな凄いとこで鉱石採ってたなんてー!」

陸「とはいえ1隻で4隻分は尋常じゃないと思うんですけど。」

サイタン「そりゃ黒船がどっか壊れてんだよ!」

陸「ですよねぇ。」

進一「うわぁぁん管理のバカヤロー!」

サイタン「ウルセェな、今後は俺達もここで採掘するんだし!」

進一「マジで?」

アッシュ「でも管理様が」

サイタン「るっせぇな、管理なんかブッ飛ばしやがれ!」

ウィンザー「ってかこの場所を知ってしまったら、もう内地で3隻でチマチマ採掘なんて出来ない!」

陸「でもさここで5隻で採掘したら採掘量多すぎでは。」

ウィンザー「ですよねぇ。」

陸「誰かが休むしか」

アッシュ「そしたらまた管理様が」

サイタン「管理管理うるせーな!」

そこへ満が「皆の者!…もうちと静かに仕事せんか…?」

サイタン「つーか黒船の分、もうすぐ終わっちまうぞ!」

アッシュ「こっちもアンバーの分、そろそろ終わっちまうー!」

サイタン「こんな簡単に終わっちまったら遣り甲斐がねぇ!」

アッシュ「どうしたらいいんだぁー!」

サイタン「こんなんじゃ黒船に借りを返せねぇぇ!」

アッシュ「1隻で4隻分は凄すぎる」

満「…皆の者。黒船の船長が仕事を取って来ると言っていた、それに期待しようではないか。」

サイタン「マジで取って来たんだろーな?…なんか疲れたから明日、遺跡で報告するとか」

陸「そりゃーね…あれからまた5隻で集うのもメンドイし。」

満「遺跡での報告を待とう。」

サイタン「とりあえず黒船分の鉱石、遺跡に降ろしてくるぞー!」

アッシュ「アンバー分も降ろしに行かねば!れーっつごー!」

進一「ごー!」

サイタン「いちいちテンション上げんなよブルーの癖に!」

アッシュ「仕様だから諦めて!」



12時半。

駿河と総司が駐機場の中をカルセドニーに向かって歩いている。既に有翼種の船は出払って、閑散とした小型船エリアの端にポツンと停まっている白い船。

駿河は搭乗口のドアに手を掛けると「おや。鍵かかってる。カルさん達まだ戻ってないのか。」と言って上着の胸ポケットからカードキーを出すとドアに当てて鍵を開け、扉を開けて船内に入る。続いて総司も中に入る。

駿河、ブリッジの方を指差しつつ「こっちブリッジ。どうぞ。」

総司「お邪魔します。」と言ってブリッジ内に入ると「コンパクトな…。なんか懐かしいなこのサイズ。大学の時の実習以来だ。」と言いつつ操縦席に近寄って計器を見る。

駿河「人工種って個人でレンタル船、利用できないしな。」

総司「うん。採掘船以外の船を操縦する機会はまず無い。」

駿河「いつか機会があれば、この船、操縦させてあげるよ。」

総司「楽しみにしてる。」

駿河「こっち船長部屋」と言いつつブリッジを出てデッキを通り、船長部屋のドアを開け中に入る。

総司も駿河の後に続いて船長部屋に入ろうとして「…狭いな。」

駿河「そりゃ狭いっすよ。寝るとこ確保してあるだけですから。」と言いつつ壁のフックに吊るしてあるハンガーに掛けた黒船船長の制服を手に取り、「洗って無くてスマンけど、返す。」と言いつつハンガーから制服を外す。

総司「いいですよ別に。」

駿河、総司に制服を渡しつつ「ありがとう。」

総司「こちらこそ。」

駿河「頑張れよー、黒船船長。」

総司「頑張りますよ。」

駿河「俺がイェソドの操船免許取ったら、レトラさんの先導無しでイェソドの空を飛べるようになるから、そしたら俺が黒船をイェソドの色んなとこ連れてってやる。」

総司「あ、なるほど。先導役がいれば飛べますもんね。」

駿河「んでもってイェソド山以外の有翼種の世界を一緒に見に行こう。」

総司、ちょっとビックリしたように「ほぉ…。」と言って「それは考えた事なかった。貴方なかなか広い視野の夢を持ちますね。」

駿河「だって人間側の世界は狭いからな…。現状では。」

総司「…もしかして、ずっとイェソドで暮らしたいとか思ってる…?」

駿河「いや、暮らすのはどこでもいいけど…」と言って「有翼種と結婚したい。」

途端に総司がガクッとコケて壁に手を付く。

駿河「今マジでコケたな、大丈夫か。」

総司、壁に手を付き苦笑いしながら「…突然すげー事を言うから…。…なんだって?」

駿河「…俺はアッチとコッチの世界を繋ぐ橋渡し役になりたい!…っていうこんな奇特な人間と結婚してくれる有翼種はいるんだろーか。」

総司「はぁ。」と言って溜息ついてから、また笑い始める。

駿河「そんな笑うなよ!」

総司「…だってさ…。」と言うと「…奇想天外すぎて、笑う…。」

駿河「総司君だから言ったのに!まだ他の誰にも言ってないんだぞ!カルさんにも!」

総司、笑いを抑えつつ「それは、光栄ですが!」と言うと「…これは何としてもSSF分室を作らねば…。」

駿河「なんで?」

総司「だって子供どーすんの!」

駿河「…そりゃ当然、人工種を希望しますけど。」

総司「アンタの子供はジャスパー側の人工種製造所だと絶対、管理のガチ妨害が入りまくるから無理っしょ!」

駿河「んー、管理なんざどうだっていいけど」

総司「アンタが良くても管理は良くない、だからイェソドにSSF分室でも作るしか!」

駿河「とりあえず、まず護さんの家を建てよう。…って12時45分だ、そろそろ総司君は黒船に行かんと。」と言い船長部屋から出るとキッチンフロアに歩きつつ「ここがキッチンで、あの上のロフトがカルさんの寝床、あの通路の先が貨物室。」

総司、(…全く、この人は…。)と心中苦笑しつつ「ちょいザッと貨物室を見ます。」と言い貨物室への通路に歩いて行く。

駿河「左側に照明のスイッチある。」

総司はドア前の左壁のスイッチを押して照明を点けると貨物室のドアを開け中を見て、「思ってたより広かった。」と言ってドアを閉め、照明を消す。それから通路を引き返して「よし、満足したから黒船に帰ります。」

駿河「…しかしカルさん達、帰って来ないな。」

総司は搭乗口デッキに向かって通路を歩きつつ「どうせ遺跡で5隻で話し合いしますから、カル船が遅れて来ても大丈夫ですよ。…しかしこれは俺も頑張らないとな。」

駿河「何を?」

総司、搭乗口から外に出ながら「SSF分室建設!」と言うと駿河の方を向いて「ではお邪魔しました。」

駿河「また遊びにおいで。」

総司は「うん」と言い黒船の方へと歩いて行く。駿河は暫しその背中を見送ると、再び船内に入る。