第6章 01

3日後の朝。

武藤がいつものようにスーツケースをズルズル引っ張りながら、重い足取りで本部に向かって歩いている。

(…何だか知らんが突然、日時指定で管理様に呼ばれるとは何事…嫌じゃ嫌じゃ絶対ロクな事がねぇ…。)と思いつつ本部の建物内に入ると、そこで立ち止まり(あああ嫌じゃ嫌じゃ管理様の説教は聞きたくねぇ…。一体何を言われる…。俺、別に何もしとらんし!はぁもぅ俺も駿河みたいにどっかに逃亡を…)と、その時。

「あ。武藤船長。」と誰かの声。ふと振り向くと総司が立っていて挨拶する「おはようございます。」

武藤「おはようさん…。なんかよく会うな。」

総司「そうですね。」

武藤「俺はこれから管理の説教じゃ…。事務所でなく会議室に来いと。」

すると総司「えっ。」と驚き「俺も会議室に来いと。」

武藤「え。」と驚いて「…つまり俺だけでは無かった!」と安心した顔になると「アンタが居れば心強い。共に戦地に赴こう!」

総司「…戦地…。」


2人は一緒に廊下を歩いて階段を上がり、指定された会議室に近づく。

武藤、会議室のすぐ手前で立ち止まると総司に小声で「どっちが最初に入る?」

総司「…どっちでも…じゃあ俺が。」

武藤「またれい!じゃんけんしてくれ。」

総司「はぁ。」と苦笑して(…この人、ホント面白い人だな。でも今はそれが凄くありがたい…。)と思いつつ、静かに武藤とじゃんけんする。武藤の勝利。その時、2人の後方から「おはようございます。」という声が。2人で同時に後ろを振り向くと…。

武藤(レッドの南部船長やん!)と目を丸くして(…何でこの人が…)

総司も不審げな表情で「…おはようございます。」

南部「中に入らないのですか?」

武藤「いや今、入るとこで。」と言って会議室の扉を開け、中に入った途端。

武藤、唖然として(…なにこの管理様の大軍!)

10人程の管理が整列して一同を待っていた。その威圧感に思わず武藤、立ち止まってしまう。

そんな武藤を押し除けるように南部が前に進み出ながら管理に「おはようございます。」

すると管理の一人が「まぁそこの椅子に掛けて。」と4つ並んだ椅子を指し示す。

南部「…では端から。」と言い、向かって一番右端の椅子に腰掛ける。

武藤(…アレの隣は嫌…)と思いつつ総司を見る。総司も武藤を見る。

管理「順番は適当でいい。座って。」

そこへ入り口の方から「おはようございます!」という声と共に楓が入って来る。

武藤と総司、思わず(シトリン?!)と内心驚く。

総司(…椅子は4つ…つまりアンバーは除外?)

武藤「あ、楓船長、どぞ、座って。」と椅子を指し示しつつ(…助かったわい…。)

楓「あ、はい。」と南部の隣に腰掛ける。続いて武藤がその隣に、そして総司がその隣の椅子に腰掛ける。

武藤(一体どういう事なん…。)

船長4人の正面に一列に並んだ管理の中央に居た人物が「全員揃いましたので、では…。」と言いつつ前に進み出ると「本題に入ります。現在イェソド鉱石は、アンバーと黒船が外地のイェソドで、それ以外の3隻が内地で採掘していますが、黒船は最近調子が悪く、他船のサポートが必要と判断しました。そこで内地の3隻の中から1隻を選んで黒船の代わりにイェソドでの鉱石採掘に当てたいと思います。」

武藤と楓、唖然として目をパチクリさせる。

武藤(…ど、どういう…?)

管理「どのように1隻を選ぶか、その方法について。…実はアンバーが有翼種の船団採掘への参加を希望していて、参加する為には有翼種側の審査を受けねばならないと。この審査を皆さんにも受けてもらいます。そして有翼種に認められた船に、今後、イェソドで採掘して頂く。」

楓(…はぁ?…。)

武藤(話がどこぞにブッ飛んだんだが…)

管理「という事で…。」と言うと総司を見て「有翼種の船団採掘の選考について、説明して頂けますか、総司船長。」

総司「…それはアンバーに聞いた方が良いかと。」

管理「人工種を代表する船の船長なのに何も知らないとは。何の為にイェソドに行っているのか分かりませんね。」

総司「…。」

武藤、思わず総司を見て(…なんだなんだ、黒船が…知らんの?…本当に?)

管理「皆さんは源泉石という石をご存じでしょうか。」と言って一同の反応を見るように間を置くと、「選考課題は源泉石です。皆さんには一定期間、イェソド鉱石と共に源泉石も採って頂く。…ともあれ、まずはイェソドに行き有翼種に3隻の参加希望を伝えねばなりません。我々はあくまで臨時に3隻が外地に出る事を許可しますので、皆さんは黒船に付いてイェソドまで行って下さい。」

総司「その任はアンバーにお願いした筈です。」

管理「アンバーには断られたと貴方に言いましたよね?」

総司「再度アンバーに打診して下さい。何ならカルセドニーでも良い筈です。」

管理「あれは個人船なので。…まぁでも場合によってはカルセドニーという事も有り得る。貴方があくまで拒むなら。」

総司「…。」無表情のまま冷たい目で管理を睨み付ける。

暫しの沈黙

武藤、横目で隣の総司を見つつ(…一体何がどうなってるん…。大丈夫かいな黒船船長…。)

管理「…いずれにせよ、イェソドまで先導する船が決まり次第、3隻にはイェソドに行って頂きますので、その心積もりをしておくように。」

総司、膝に置いた手を固く握り締めつつ(…何がどうでも、貴様らの思い通りにはならん…!)



同時刻、本部の巨大な立体駐機場の上階に駐機している黒船のタラップ下に、落ち着かない様子のジェッソが立っている。(…船長はまだか…。)と思いつつ、ウロウロとタラップ周辺を歩き回りながら(駿河船長の時は管理が実権を握っていたから『クビにするぞ』と脅す事が出来たが、今の船長は船長自身が辞めると言わない限りは降ろせないからネチネチと…。ある意味で昔より質が悪い。)そこで立ち止まると溜息をついて(…どうしたものか!)と天を仰ぎ、ちょっとタラップを上がって船内に向かって「上総!船長は!」と叫ぶ。

やや間があって上総がタラップの上に姿を現すと「…場内に入って来た、もう来るよ!」

ジェッソ「やっと来たか…。」とタラップを降りると左側に、スーツケースを引きつつこちらに歩いて来る総司の姿を見つける。

総司はジェッソを見て「もう遅刻がデフォルトの船長です。俺がいつ船に来るかは管理次第という。」

ジェッソ「とにかく無事に来ればいいんです。」

総司、ジェッソと共にタラップを上がりながら「でも今日は他船の船長も遅刻だ。」

ジェッソ「というと」

タラップを上がり切るとメンバー一同が集って総司を待っている。

総司は立ち止まると一同に向かって「管理が会議室に来いというので行ったらブルー、レッド、シトリンの船長が居て。」

ジェッソ「アンバーは?」

すると上総が「多分、休みだよ。隣に駐機してるけど、船内に誰も居ない。」

総司「なーるほど。アンバーが休みの時に合わせたのか。」と言い「椅子が4脚しか用意されて無かったんで最初から除外だな。」

ネイビー「何の話だったの。」

総司、暫し黙ると溜息をつき「…説明するのも面倒な話です。で、今日は…。」と言って黙り込むと「…今日は…どうするかなぁ。」と言って腕組みする。

ネイビー「何が…?」

総司「今、出航すると、他船がいるからなぁ。」と言い「とりあえず今日はイェソドには行きません。」

一同「!」

ジェッソ「なぜ?」

ネイビー「何があったの?」

総司「今日は、他船が全部出払ってから出航します。ウチの船が一番最後です。なので上総君。」

上総「はい?」

総司「他船が全部いなくなったら教えてくれ。」と言って虚ろな目でスーツケースを引っ張って階段室の方へ向かう。

ジェッソ、慌てて総司を追いかけて肩を掴むと「待った、イェソドに行かないならウチの船は今日は何を?」

総司、振り向きもせず「内地で採掘。」

ジェッソ「しかし…。」と言うと「…船長!皆にきちんと分かるように事情を説明して頂けませんか!勝手に何かを背負われても困るんです!」と怒鳴る。

途端に総司、バッとジェッソの方を向くと怒りを込めた目でジェッソを見据えて「…3隻をイェソドに連れて行けと。」

ジェッソ「は?」

総司は腹の底から絞り出すような声で「黒船は役に立たんから他の3隻を黒船の代わりにイェソドに出すと!」

ジェッソ「管理が?…そんな事を?」と目を丸くする。

総司「だからアンバーではなく黒船が、3隻をイェソドまで先導して有翼種に話をしてやれと!」

ジェッソ達、唖然として総司を見つめる。

総司「どうしたものか!」

ジェッソ「…。…どうって…。…うーん…。」

他のメンバーも悩み顔で黙りこくる。

ネイビー、大きな溜息をついて「…管理さんも随分な無理難題を…。」

そこへ上総が「おや?」と怪訝そうな顔をして「ブルーアゲートが出航した。」

総司「どっかのエンジン音が聞こえると思ったらブルーか。…あの船長、なかなかいい人だよな。」

上総「え。…前に邪魔してきたけど」

総司「でも、味方になってくれそうな人ではある。ただブルーの船内はなかなか大変らしいが。」

上総「あの満さんがね…。」

ジェッソ、溜息ついて「…その満さんが、管理に反抗してくれれば…。つまり問題は、あの3隻が管理の支配下にあるという事で。もし管理に反抗してイェソドに行きたいというなら喜んで連れて行くのに。」

総司「そうなんだよな。元はウチの船も管理の手先でアンバーがイェソドに行くのを止めようとしたしな。」

ネイビー「ちなみにカルセドニーは?」

総司「あれは個人船だから命令は出来ないが、場合によっては強硬手段もあるかもしれんと。」

ネイビー「こっわ。」

総司、ふと何かに気づいて「…おや。またどっかの船が。」

上総「シトリン出た。」

総司「シトリンも良く分からん船だな。レッドもわからんけど。」

上総「レッドの探知はクォーツで…。SSF生まれの俺と同い年。あっちがSIで俺がSU。」

ネイビー「あら。ガチのライバル?」

総司「とにかく今日は内地で採掘だ。上総!」

上総「はい?…ああ鉱石あるとこ探知ですね!…久々すぎる内地の…。」

ジェッソ、上総に「あんまり採掘量を落とすと船長が管理に虐められるからな。マジで本気で探知してくれ。」

総司「ついでにあの3隻から遠い場所を頼む。」

上総「難易度上がった…。」



その頃、駐機場のレッドの船内では。

南部、自分の前に並んだ一同を見回して「皆さん、今日は重大な話があります。…本船は、イェソドに行ける事になりました。」

その言葉にメンバー一同、キョトンとした顔をする。

若干の沈黙の後、副長のティーツリーが不思議そうな顔で「…イェソド、ですか?」

南部「黒船の採掘量があまりに上がらないのでね。他船もイェソドで採掘して欲しいと。」

ティーツリー「行くと言ってもどうやって…。」

南部「そこなんですよ。黒船がイェソドまで先導してくれる予定なのですが、肝心の黒船が、今は都合が悪いと言って承諾してくれません。…なのでイェソドに行くのは黒船の都合次第という事になります。」

ティーツリー「はぁ…。」

ティーツリーの隣に並ぶ相原と春日は思わず顔を見合わせる。

相原コソッと春日に「…驚きましたね。」

春日「また突発的な…。」

採掘メンバーの一番端に並ぶ輪太は(…ホントにイェソドに行けるの…?)と期待に胸を膨らませる。

南部「まぁ、イェソドに行っても採掘するには有翼種の許可が要るんですが、何はともあれまず行かなければ話にならない。」と言ってクォーツの方を見ると「クォーツ君。今日は黒船が出た後に、本船が出るからね。黒船の動向を見ていてくれ。採掘場所の探知はその後だ。」

クォーツ「…はい。」

南部、一同を見て微笑み「それでは皆さん、本日も宜しくお願いします。」

春日、内心で(…一体どういう事なんだ? 訳がワカラン…。)



それから30分後。

駐機場から黒船が飛び立つ。するとレッドも後を追うように続いて飛び立つ。

黒船のブリッジでは総司が相当不機嫌そうな顔で「なかなか出航しないと思ったらマジでウチの船を追ってきた。」

隣に立っているジェッソも溜息をついて「やはり待っていたのか…。あの船、ヤバイな。」

操縦席のネイビーも「困ったな。レッドは黒船より速いし、引き離すのはちょっと無理…。」

総司「まぁ、いいよ。どうせイェソド行かないし。」と言って船長席の椅子の背もたれにもたれ掛かる。

ジェッソ「待った。…すると今日はレッドと一緒に同じ現場で作業を?」

総司、疲れた声で「…先方次第です。」

ジェッソ、顔を顰めて「嫌だなぁ…。」

総司はレーダーを眺めつつ「とは言っても目視できる距離で探知妨害しても…、…なんだこれ。」と言って思わず背筋を伸ばす。

ジェッソ「どうした?」

ネイビーの隣に立っていた上総が「うわ!」と声を上げると船長席に駆け寄り「団体が来た!」

総司、真剣な顔でレーダーを見たまま「…レッドの後方に管理の船が…。」

上総「5隻!いや、違うとこからも来るから増える!」

ジェッソ「ほぉぉ。本気出してきましたな、管理さん。」

総司は強張った表情で「違う。…本性を出してきたんだよ。」